そちらがその気なら、こちらもそれなりに。

自らを王太子だと名乗り母親であるイーディスまでをも侮辱する。

ただでさえアレクシアを貶めたことで腹に据えかねていたデュークは、ついに限界を突破した。


「ふっ、呑気なものだな。」


突如として口調の変わったデュークに、室内が一気にピリつく。


「は?なんだと?

貴様、誰に向かって口をきいている!」


「お前だよ、ヘイリー。

さっきから聞いていれば、よくもまあこのように恥ずかしい勘違いが出来たものだ。

たかだか数日早く産まれただけの分際で、自らを王太子と名乗るなどと。

陛下のご意思を無視して王太子を名乗るなど、反逆罪で罪に問われてもおかしくない。」


鼻先で嗤うデュークに、ヘイリーの顔がカッと赤くなった。


「たたたたかが数日だと!?

だがそのお前の言うたかが数日で運命は決まるのだ!

それに勘違いではない!

は、母上は、母上は!私こそが王太子になるべく生まれた人間だと言っていた!」


その言葉にアレクシアは何とも言えない気持ちになった。


ヘイリーは十二歳で母親を亡くしている。

と言っても、最後の一年はマルグリットが寝たきりで意識もない状態だったため、最後は殆ど会話をすることなく彼女は逝ってしまった。

そんな今際の際で最後にマルグリットがヘイリーに遺したのが、「あなたは王太子になるべく生まれた人間なのだから」という言葉だ。

きっと彼女なりの励ましだったのだろう。

これまで自分が溺愛し甘やかしてしまった息子に、せめてこれからは立派な人間になるようにと王太子という責を背負わせたのだろう。

しかし残念なことに、ヘイリーはその言葉のまま受け取り、マルグリットの遺した言葉の意味を理解しなかった。




「お二人共、兄弟喧嘩もその辺になさいませ!

侍女達が怯えてしまっておりますよ!?」


喧喧囂囂と言い争う二人に、アレクシアはパンっと強く扇子を打つ。

彼女の一喝に我に返った二人が目を向けると、壁際に控えていた若い侍女達が小さく震えている。

そして怒り心頭のヘイリーと目が合うと、ヒッと小さく悲鳴を上げていた。

バツが悪そうに居住まいを直すヘイリーに、アレクシアは諭すように言った。

デュークは小さく溜め息を吐くと、足を組み直す。


「その様子では国王陛下や宰相様からあったお話もまともに理解していらっしゃらないのでしょう?

これからご説明いたしますから、どうか落ち着いてくださいませ。」


侍女に支持して新しい紅茶を用意させると、アレクシアは羊皮紙を広げて見せた。


「まず、婚約破棄についてですが、わたくしとヘイリー殿下の婚約はお互いの同意を持って成り立ったものですし、それを国王陛下がお認めになった以上、覆ることはありません。」


「しかし……!」


「殿下、これは王命なのです。

いくらルイーズさんに騙されていたとはいえ、婚約破棄を申し出たのはヘイリー殿下であり、それを承認されたのが国王陛下。

わたくしとデューク殿下の婚約も国王陛下の承認を以て受理されましたから、覆ることはありません。」


窘めるようなアレクシアの言葉に、ヘイリーは腑に落ちないようだ。

そして小首を傾げながら、とんでもないことを言い出した。


「だがお前は私が好きなのだろう!?

今回は私が言い出したから婚約破棄に応じただけなのだし、それも誤解とわかった。

それならお前から父上に掛け合えば、父上だって了承してくださるはずだ。

お前だってデュークなんかと結婚するのは嫌だろう!」


「…………。」


「な、なんだ!

私がなにかおかしな事を言ったか!?」


眉間に眉を寄せてまるで汚物でも見るような視線を送ってくるアレクシアに、思わずたじろぐ。

デュークに至ってはまるで物凄く可哀想な者を見る目をしている。


「殿下……一体何故そのような勘違いを?」


「な、何が勘違いなんだ!」


「わたくしがヘイリー殿下をお慕いしていると、そうおっしゃるのですか?」


「へ?だ、だってそうだろう?

お前は私のことが好きだから婚約したんだろうが!」


「その理論でいくと、兄上もアレクシアのことが好きだから婚約したことになりますが……。

兄上はアレクシアのことを好いているのですか?」


デュークからのツッコミにヘイリーはポカンと口を開けていた。


「お前……何言ってんだ?

私は別にアレクシアのことなど好きではない!

なんで婚約したからって、私に好かれてると勘違いするんだ!?」


盛大なブーメランに、アレクシアとデュークは顔を見合わせて苦笑いをする。

何をどう転んだらここまで頓珍漢な思考になるのか、アレクシア達には理解が出来なかった。


「兄上、あなたはアレクシアのことは好きではないけれど、婚約したのですよね?」


「そうだ。」


「それならアレクシアだって、兄上のことは好きではないけれど婚約したのだと、そういう考えにはなりませんか?」


再びポカンと口を開けていたヘイリーだったが、いい加減デュークの言わんとすることができたのだろう。

その表情が次第に驚きへと変わっていった。


「お……お前!アレクシア!」


「はい。」


「私のことが好きではなかったのか!?」


「ようやくお気付きになりましたか。

わたくしは今も昔もお慕いする方はここにいらっしゃる第二王子のデューク様のみ、ヘイリー殿下とは政略結婚のため仕方なく婚約したに過ぎません。」


驚きに思わずそふから立ち上がっていたヘイリーは、驚愕の表情を浮かべたままヘナヘナとへたり込んだ。


「政略……結婚だから……仕方なく……。」


「はい。」


「で、でもなぜだ?

お前はデュークのことを慕っていたのだろう?

ならなぜデュークと婚約せずに、私との婚約を選んだのだ?

それはつまり少なからず私のことが……」


「好きだからではありませんよ。

ええ、これっぽっちも!絶対に!」


「そ、そこまで否定せずとも良いだろう!」


又とんでもない勘違いをされないようにと力強く否定してしまったアレクシアに、ヘイリーは物凄く傷付いた顔をしていた。


「ふふ、申し訳ありません。

わたくしは最初からずっとデューク様との婚約を望んでいたし、幸せなことにデューク様も同じ気持ちでいてくださいました。」


隣に座るデュークの膝に手を置くと、そっと手を添えて包んでくれる。

その温もりに自然と頬が緩む。

視線を向けると、彼からも温かな視線が返ってくるしあわせに、アレクシアの胸は幸せでいっぱいになった。

そんな二人の姿に、さすがのヘイリーも今度は浮気などと騒ぎ立てることはしなかった。


「お前達が想い合っているのはよくわかった。

でも何故だ?そこまでお互いに想いあっているのであれば、尚更何故私と婚約など……。」


「それは……今は亡き王妃、マルグリット様のご希望だったからです。」


「母上の?」


「ヘイリー殿下とデューク殿下の婚約者を選ぶお茶会が開かれた時には、マルグリット様はすでにかなりお身体が弱っていらっしゃいました。

多分ご自身の死期を悟っていらっしゃったのだと思います。

マルグリット様はヘイリー殿下のお茶会でのお姿を見て危機感を覚え、殿下を制することのできるご令嬢で、ご自身の亡き後に殿下の強い後ろ盾となってくれるご実家をお持ちの婚約者を探しました。

マルグリット様のご実家は伯爵家ですし、ご両親はご高齢。

その後継者はマルグリット様とはあまり仲がよろしくないので、後ろ盾としては些かご不安があったのでしょう。

そこで白羽の矢が立ったのが私でした。」


今は亡き母が自らのいなくなった後のヘイリーを心配してくれていたことが伝わったのだろう。

ヘイリーは眉を寄せて悲しそうな顔をしている。


「国王陛下はとても悩まれました。

正直ヘイリー殿下はご正妃との間の王子ですから、お生まれに問題はないのです。

むしろ側妃であらせられるイーディス様が平民出身だったことから、デューク様の後ろ盾の方を気にされていました。

しかしヘイリー殿下はマルグリット様に溺愛されて甘やかされて、それはもう見事な糞ガk……ヤンチャな少年に……」


「おい、今糞ガキって言わなかったか?」


「ほほほ、気のせいですよ。

ヘイリー殿下はヤンチャな少年にお育ちになっていらっしゃいましたから、やはりしっかりとした婚約者をつけるべきだと陛下もお思いになられたのです。」


思わず出てしまった本音を誤魔化す。

口元を扇子で隠しながら笑うと、ヘイリーはジトっとした目でこちらを見てきた。


「なんにせよ、そういう経緯でわたくしはデューク様ではなくヘイリー殿下の婚約者となることが決まりました。」


アレクシアの説明を聞き終わったヘイリーは、膝の上で組んだ自らの手をジーッと見詰めている。

その表情は悲しみながらも真剣で、一生懸命に何かを考えているというのが見て取れる。

室内には沈黙が訪れるが、アレクシアとデュークはヘイリーを急かすことなく、彼の考えがまとまるのを静かに待った。




「母上は……そんなに私のことが心配だったのだな……。

私が……不甲斐ない王子だから……。」


ヘイリーの口から溢れた神妙な言葉に、アレクシアは困ったように優しく微笑んだ。


「殿下、親が子供の行く末を心配するのは当たり前のことですよ。

我が子をおいて逝かなければならないのであれば尚更。

きっと殿下がどれだけ素晴らしい王子であったとしても、マルグリット様は殿下の行く末を心配されたことでしょう。

それ程までに殿下を大切に想っていらっしゃったことは、わたくし達だけでなく、国王陛下も、臣下もみなわかっておりました。」


だからアレクシアは国王に提案したのだ。

去り逝く王妃の気持ちがわかるからこそ、その場で婚約を拒否せずに、『ヘイリーに想う人が出来たら』という条件を付けた。

アレクシアを謀った云々の件は万が一が起こった時のアレクシアの保身の為の後付けだが、彼女は自分がデュークと結ばれる為だけでなく、ヘイリーも幸せになれる道を探した。

もちろんヘイリーが真摯な態度で婚約破棄に臨んだ場合は、ヘイリーを祝福すると共に、アレクシアとデュークの結婚した暁には公爵家は全面的にヘイリーを支持するつもりでもいた。





「まだ遅くないんじゃないのか。」


ぶっきらぼうな言葉にヘイリーが顔を上げると、デュークはそっぽを向いたまま続ける。


「今回の婚約破棄の騒動は王宮内でもかなり大きな問題になっている。

子爵令嬢の甘言に乗せられて無実の公爵令嬢を断罪しようとしたのだから、責任を取って王子を臣籍降下させよとの言葉もある。」


「ぅ…………、それは……宰相にも言われた。」


「だがアレクシアは兄上を訴えないと言っているんだ。」


「え…………。」


デュークからの痛い言葉に頭を抱えたヘイリーが驚いて顔を上げると、そこには微笑むアレクシアがいた。


「今回のことは確かにわたくしも思うところがあります。

セドリック達の忠告を無視して甘言に流され、ルイーズさんに付け入る隙を与えた殿下には咎があると思いますし、それについては身を改めていただかないといけませんわ。」


「ぅぅ……、肝に銘じておく。」


「ですが今回の件については、半分はわたくしが仕込んだことですから。」


「は?」


言葉の意味がわからず説明しろと目で訴えると、アレクシアはスっと古ぼけた羊皮紙をテーブルに広げる。

促されるままに内容を読むと、ヘイリーの顔色が見る見るうちに変わっていった。


「なっんだこれは!」


「こちらはわたくしがヘイリー殿下と婚約するに当たって国王陛下に出した婚約の条件ですの。」


「なっ!父上の御璽も!?」


「殿下がルイーズさんと親しくなり始めた時にわたくしは何度か殿下にお聞きしましたでしょう?

でも殿下は素直におっしゃるどころか、開き直ってわたくしに八つ当たりしてくる始末でしたから、もうさっさと婚約破棄しようと思いましたの。」


ニコニコと笑いながら言うアレクシアに、ヘイリーは信じられないといった様子。

言われてみればルイーズと知り合って親しくなり始めた頃、一時期それはそれはしつこくルイーズについて問い詰められたことがあった。

あれはてっきり、アレクシアがヤキモチを妬いているんだとばかり思っていたのだが、こういうことだったのか。


「だ、だとしても!

こんな私を嵌めるような真似をっ!」


「あら、殿下がいけませんのよ?

わたくしは殿下が素直に好きな人ができたと打ち明けてくださればお祝いする気でいましたのに。

わたくしに八つ当たりするだけに留まらず、ルイーズさんと一緒になって嫌がらせのように見せつけてくるのですもの。

そちらがその気なら、こちらもそれなりに、と思っても仕方ありませんわよね?

それとなくルイーズさんを煽ったり、婚約破棄させるようにセドリックやニコラスにそれとなく誘導してもらったりと、結構大変でしたのよ?」


ニッコリと満面の笑みを浮かべるアレクシアに、ヘイリーは顔を青くして頭を抱えた。


「嘘だ…………。

ど……どこからだ……!

いったいどこまで私の意思で動いていたんだ!?」


「さぁ、どこからでしょうねぇ?」


「兄上、諦めろ。

アレクシアは若干十歳で国王や宰相、その他の臣下を相手にした女だぞ。

兄上が勝てるような相手じゃない。」


「ルイーズにアレクシアに……。

私の周りには何故まともな女がいないだ。

に…………人間不信になりそうだ…………。」



「まぁ失礼な。

全ては殿下の身から出た錆、でしてよ?

でもまぁ終わりよければ、すべてよし!と申しますしね。」


肩を丸めて盛大な溜め息を吐くヘイリーに、楽しそうに笑いながら紅茶を飲むアレクシア。

そんな彼女の頭をデュークが、撫でてやるとアレクシアは満足そうに笑った。










~Fin~









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