第3話 厄介払い
「ルエラ! 貴女は、なんてことを……!」
父親の執務室から出た瞬間、廊下に母親が待ち構えていた。彼女は、私の顔を見て怒りの表情を浮かべる。母親は、バッと手を振り上げた。そして、そのまま。
「ぁうっ!?」
「ルエラお嬢様ッ!?」
パシンッ、という乾いた音が廊下に響き渡った。私は、頬を叩かれて声を漏らしてしまう。近くに居たらしいメイドの女性が悲鳴のような声で、私の名を呼んでいた。
非力な女性に叩かれただけなので、それほど痛くは無い。けれど、心は痛かった。母親からもそんな酷い扱いを受けるのか、という気持ち。
「なんなの、その目は!」
無意識のうちに私は、熱くなった頬に手を添えていた。目の前に立っていた母親の動きは、まだ止まりそうにない。もう一発、顔を叩かれそうだ。
衝撃が来ると、私は身構える。
「おやめくださいジューン様!」
「くっ、手を離しなさい!」
もう一度、手を振り上げた母親。しかし、母親と一緒に居たらしいメイドの1人が止めてくれた。腕が振り下ろせないように、拘束する。
「離しなさい!」
「申し訳ございません、ジューン様」
離せと命じられたメイドは、母親の拘束をやめた。解放された母親は腕を下ろす。私の顔を叩くのは止めたらしい。
「フンッ! せっかく手に入れた輝かしい未来を手放すなんて。バカな娘!」
「……申し訳ありません」
少しだけ落ち着きを取り戻した母親から、そんな風に叱られる。自分から手放そうと思ったわけじゃない。勝手に、そうなってしまっただけなのに。
国のために王妃として相応しい人間になろうと努力しても、災厄の婚約者だという評価を消し去ることは出来なかった。そして結局、婚約を破棄されてしまう。
自分に否はないと分かっていながらも謝る。頬を叩かれないようにと助けてくれたメイドの女性と同じ様に私も、母親に向かって頭を下げた。
これが一番、穏便に終わらせることが出来る方法だと知っているから。
「貴女のせいで、私の評価も下がってしまったのよ。本当に不愉快だわ!」
「……」
「オリバー様は、貴女が家から出ていくように言ったわよね」
「……はい。言われました」
「なら、さっさと屋敷から出ていきなさいな!」
「ッ!」
「貴女の顔なんて、もう二度と見たくはないわ」
「……」
母親は私に向かって吐き捨てるように言うと、もう興味がないという感じで視線を逸らして去っていった。
ロウワルノール家から追い出される。いつか、そんな日が来るかもしれないと恐れていた。それでも、私を生んでくれた母親なら文句を言いつつ保護してくれるんじゃないか、という淡い期待を抱いていた。
そんなことは無かった。私の身近に頼れるような人は、誰一人として居なかった。
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