ごめんね
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ごめんね
「つーかさ、みんな、Bのこと、好き?」
小学6年生の
しかしみんな、誰も「嫌い」なんて言わない。それどころか、「えっ?」って聞き返してくる。風はもどかしくなって、
「だからぁ、みんなBのこと好きかって聞いてるの……」
と言った。その時、
「風ちゃん、B、居るよ」
と言う、ささやき声が聞こえた。
嘘でしょ
そう思って背後を振り返ると、何とそこにはBが居た。教室の入り口から、私の方には目もくれずに、自分の席まで歩いていくところだった。表情は、風のいるところからは見えない。風は、その時、文字通り真っ青になっていた。
何事もなかったかのように、その1日は過ぎた。
誰も風を責めず、風も少しも悪びれる様子を見せず、ただ授業やお昼時間を過ごした。ただ、『焦り』とか『罪悪感』とかいったものだけが、黒い煙みたいに、風の胸の中でむくむくと膨らんでいった。本当は、とても気が気ではなく授業どころではなかった。
やっとのことで学校が終わり、いつもの面子とともに昇降口から外へ出ると、これでもかというぐらいまぶしく美しい空が、青々と照り輝いていた。
家に帰ると、まだ夕方なのに布団に入り、風は寝た。ただただ眠りたかったのだ。それ以外にできることなどなかった。お腹の中がもじゃもじゃして、とても起きていられそうにない。何も知らずに笑顔で接してくる母親も、今の風にはただただ痛い。今はそっとしておいてほしかった。
夕食時に、食べないのか、と母親に聞かれた。風は食べないと言ってまた眠り続けた。その日はそのまま、終わった。
次の日、風は何事もなかったかのように学校へ行った。やはり誰も風を責めなかったし、風もわざわざ悪びれる様子を見せるスキがなかった。あの事件は、無かったこととされた。抹殺された。
だからといって風の気持ちは楽になるどころではなかった。風は見るからにネガティブ思考になり、自虐的になった。そうでもしないと、自分を保っていられなかったのだろう。少しでも外界に、自分で自分を嫌っているアピールをして、ファッションとしてでも陰気さを身にまとわなければ、反省を示せないと思った。誰に?と言われると、実際、仲のいいグループの友人達に対してであり、当のBに対しては、何故あの時あのタイミングで教室に入ってきたのかと怒りに近い感情すら抱いていた。もちろん、自分が悪いと言うことは頭では理解していたが。
風にとっての学校はあの日から変わってしまった。風は、自分に”失態者”というラベルが貼られているような気がした。何をしても、楽しくなかったし、友人達みんなにも、嫌われているような気がした。風の前では、ニコニコしてくれている友人達も、裏では、風がやったように陰口を叩いているかもしれないと思うようになった。例えそうだとしても、本人の目の前でそれをするような馬鹿は、どこにもいないのだということも、風はもう知っていた。もちろん、「わざと」と言う場合をのぞいてだが。幸い、「わざと」するような非道い奴はこのクラスにはいなかった。
ただ、風の様子が、少しずつ変になっていることを、母親は気づいていた。そこで母親は、久しぶりに、お隣の樹里ちゃんと会ってみたらと提案した。
樹里ちゃんというのは2年前風の住むアパートの隣の部屋に引っ越してきた女子高生のことだった。風は樹里が引っ越してくるなりすぐ懐いてしまって、母親は「いつもご迷惑をおかけしてすみません」とお隣に言うのが常だった。しかし、この頃風は樹里に会っていなかった。母親は、樹里なら年上のお姉さんということもあるし、自分より年代が近いし、母親には言えない悩みも相談できるのではないかと思い、樹里に会うようにすすめたのだった。
「で?なんかあったの?風」
単刀直入に、樹里は聞いてきた。
ここは、樹里の部屋。樹里はベッドに、風は床のクッションに座っている。
風は、この人は、母親になんか聞いたんだろうなと思いながらも、あったことをしゃべった。自分が本人の前で陰口を叩いたこと、それをみんなに見られたこと、誰も自分を責めないこと、でもみんなに嫌われているかもしれないこと……などなど。
一連の話を全部聞き終わった樹里は、しばらく風が落ち着くのを待った。風は泣きながらしゃべったのだ。それほどまでに苦しかったのだ。
だから、樹里が次の言葉をつぶやいた時は、死ぬほど驚いた。
「で?あんたはどの点において苦しんでるわけ?」
何を言われているのか風にはわからなかった。何って、全部だよ。この全部の事象にだよ。変わっちまった世界の全部に対して私は苦しいんだ。
「あんたが苦しんでいるのは、全部自分の為だけでしょ?」
樹里はそう言った。
何だ?何言ってるんだこの人は。そんなの当たり前じゃないか。
意味がわからないまま呆然としていると、樹里はたたみかけるように、こう言った。
「あんた、一度でもBさんの気持ち考えたことある?」
じゃりっと砂を噛んだみたいな心地がした。
あるよ。それくらいあるよ。
でもそれって、どのくらい?私が私のために考えたのに対して、Bの為にはどのくらい?風は考えたくなかった。
「一番辛いのはBさんだと思うけど。あんたBさんに一度でも謝ったの?」
さらにたたみかける樹里に、風は何も言えなかった。樹里の言っていることは、正しすぎて、本当の意味で自分が恥ずかしくなった。
「まだ」
何とかこう返事をすると、
「じゃあ、今すぐ謝らなきゃね」
と樹里は言って、立ち上がると、風の目の前に手を差し出した。風はその手を取ってゆっくり立ち上がった。
それから二人はBの家まで向かった。風にとっては、樹里が一緒に来てくれるということが本当に心強かった。おかげで、Bの家の前まで来る時には、言うべきことも大体決まっていた。
Bの家の前に着くと、樹里がチャイムを鳴らした。
「はい」
インターホンからは、ありがたいことに、B本人の声が聞こえてきた。
「紺野風と林原樹里と申します。風が、Bさんにお話したいことがあるようです。お時間いただけますか?」
樹里は、これだけのことを手際良く言った。
「……はい」
少しの沈黙があったが、Bは返事をして外に出て来た。
樹里は、ガンバレ、というように目で風に合図を送ると、一歩下がって、風とBが話しやすいようにした。
「あのさ、B、もうわかってると思うけどさ、その……」
いざBを前にすると、考えていた言葉がうまく出てこない。樹里が、とんと風の背中を叩いてくれた。
風は、すうっと息を吸い込むと、言った。
「私、あなたに悪いことをしました。本当に非道いことをした。しかも、しばらくの間ちゃんと反省すらしていなかった。樹里さんに言われるまでBがどう思ったかきちんと考えようともしませんでした。本当にごめんなさい」
風は、しばらくの間、頭をあげることができなかった。Bがどんな顔をしているのか、確かめるのも恐ろしかった。
「……顔、あげなよ」
Bの小さな声が聞こえた。
おそるおそる、風は顔をあげた。Bの顔を見ると、Bは何故か笑っていた。
「私、風ちゃんのこと、許すよ。ここまで謝りに来てくれると思ってなかったし」
Bは言った。
「本当……?」
風が聞くと、
「うん、でも、今度言ったら、許さないから。それに、他の人の悪口も言っちゃだめ。これ人として基本でしょ」
とBは言った。
「はい」
風が言うと、
「良かったな、風、Bさんが良い人で」
と樹里が後ろから一歩前に出てきて、風の隣に並んだ。
「本当に、ごめん」
風が言うと、
「いいって。それより、風ちゃんは風ちゃんらしくいなよ」
とB。
「?どういうこと?」
にこっとBは微笑んで、
「何でもない。じゃ、また明日」
と言って家に入ってしまった。
その後、風は樹里にさっきのBのセリフの意味を聞くと、樹里は、
「あー、もう、いいかげんポジティブになれってことだよ!」
とうるさそうに言った。
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