七話 流した涙

 そう、両親共に無口で、幼稚園なんて行ってなかったし、ほとんど人には会ってなかった。

 初めてたくさんの人の中に埋もれたのは、小学生のとき。

 あの時は怖くて、その賑やかさがすごく不快で、よく教室から逃げ出していた。それを先生はよく追いかけてきたのだ。


「なんで逃げるの! 布河さん!」


 先生が何を言っていたのかはよくわかっていた。両親が買ってくれたワークのおかげで。あれがなければ、私は確実に障害児コースだったんだろう。いや、そっちの方が楽だったのかな。

 でも、声はあまり出さなかった。何を言われてても。


「せんせぇ、ふかわさんのことはほっとこーよ」

「そうだよせんせぇ、あのこぜんっぜんはなさないもん」

「ねーえ、せんせえ、あーそーぼー!」


 わ、わかったから、ちょっと待っててね、と先生は優しく子どもたちを諭し、私の元へ猛ダッシュで駆け寄ってくる。元々そんなに体力はないので、すぐに追いつかれ、抱きかかえられた。


「布河さん、次逃げたら電話でお母さん呼びますからね」


 怒った様子の先生。この時は確か、もう一度逃げたらお母さんに早く会える、そう思っていた。


  ◇◆◇


 そうやって過ごしていたある日の休み時間。いつも通り耳を塞いで寝たふりをしていたところだった。


「ふーかーわーさんっ」


 ビクッ、と体が反応する。目を開けて起き上がると、私の周りを複数人の女の子たちが囲っていた。

 こわい。私の心がそう叫んだのを、よく覚えている。


「ねぇ、どぉしてそぉやってにげるの?」


 一人の女の子が言った。それに続いて、たくさんの女の子が、たくさん言葉を投げてくる。


「せんせぇは、みーんなのだよ?」

「なんでふかわさんがいっつもとるの?」

「ふかわさん、わざとでしょ?」

「せんせぇをとらないでよ!」

「せんせえ、いっつもつかれてるよ?」


 大きな声だった。クラス全体に聞こえていたんじゃないのかな、と思う。

 先生の計らいか、廊下から一番遠い席にされていたので、逃げようにも逃げられなかった。

 これはちゃんと話さないと。そう思うけど、何も出てこない。

 皆怖い顔だった。怒っていた。その環境が、余計私を混乱させたのだろう。


「ねぇ、なにかはなしなさいよ!」


 誰かが私の肩を掴み、前に後ろにと揺らす。

 お腹が変な感じだ。


「……きもち、わるい……」


 反射的に出た声はか細く、皆を更に怒らせるには十分だったようだ。


「だれがきもちわるいのよ!」

「みんなかわいいじゃん!」

「きもちわるいのはそっちのほうよ!」


 わあわあと一斉に私の悪口を言ってくる。

 全部どういう意味か、わかっていた。


 やだ、こわい、にげたい。


「なんでないてるのよ! なきたいのはこっちよ!」

「なくなんてゆるせないわ!」

「なきごえうるさい! ばか!」


 気づけば声を上げて泣いていた。

 誰でもいいから、助けて。そう伝えるために、全身全霊で、泣いた。


「何事? 何してるのあなたたち!」


 慌てて駆け込んできた先生は、滅多に聞かない大きな怒鳴り声で皆を叱り、ようやくこの場が収まった。

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小鳥の導(しるべ)※これ以上更新しません 月兎 @tkusg-A

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