小鳥の導(しるべ)※これ以上更新しません
月兎
一話 迷子さん
ゆったりとした曲調の中で、伸び伸びと歌う貴方。
その声色はどこか寂しげで、ビブラートの奥に隠された想いが覗ける。
きらきらと輝く舞台。いつ見ても眩しい。そう目を細めた中で。
ふと、貴方と目が合った気がした。
何万といる観客の中で、ただ一人、私だけを見つめたような。
みててね。彼がそういったような気もして。
唇を優しく締めて、そっと息を吹き込んで───
会場に、貴方の音だけが響く。
優しく、切なく、愛おしく。
会場から溢れんばかりの拍手とともに、貴方の持つ楽器がキラリと光った。
◇◆◇
やはり高校でも自分の居場所は、図書館だけだ。
少しだけ期待していた。誰かが、あの森の中から連れ出してくれるかなって。
ね。でもそれは過度な期待だった。
結局仲良くなれたのは学校司書の先生だけ。興味の湧く部活なんてやっぱりないし、だからって委員会は入る気起きない。
万年、人と関わるのが苦手だ。極力避けたい。
……司書の先生は生活必需品だからね。居ないと本借りれないし、居てもいいよって言ってくれるのは先生だし。
この森で一生迷子になっておこう。そう心に決めた高一の四月。
「せんせ、借りる」
「りょーかい。ちょっと待ってね」
ハードカバーの分厚い本を六冊くらいカウンターに置く。ドンッと重そうな音が静かな図書館に響いた。
奥で作業をしていたらしい先生が出てくる。カウンターに置かれている本の山に若干引いていた。
「うわぁ、さすが布河さんだ。これじゃ一年間で小説の棚全部読んじゃいそうだね」
「……暇、だから」
パソコンを少し弄ってから、バーコードを淡々と読み取り始める。
なんとなく目線がさまよって、先生の背後の時計にピントが合う。四時十一分、くらい。
「『先生には敬語を使え』なんて、君には聞こえなさそうだ」
「……だってせんせ、怒らない」
ふらふら〜っとあちこちに目がいく。壁にかけられた賞状はなんだろうか。いつもちょこっと気になって、どうでもいいかと判決がすぐ下される。
「そりゃあ、僕的にはどうでもいいからね」
へぇ、と声が漏れた。
「……男なのに」
「それは男だから怒りそうなのにってこと? 古いねぇ布河さん。男女関係ないよ、怒る人は怒るし、怒らない人は怒らない」
トントンッとスタンプにインクを付けて、ペタッと貼る。期限は一週間。長い。
先生の横顔は多分イケメンに値する。まつ毛も多分長いし、髪もサラサラ。手も細くて白くて、綺麗だ。
だからか、たまに
「性別に囚われちゃだめだよ」
先生が困ったように笑う。思考回路が一時停止した。
「……精進します」
「ふふ、まあいいんだけどね」
はい、と渡された本を受け取って、リュックの中へ詰めていく。
教科書とノート、お弁当などを色々入れてもまだスカスカなくらいでかいこのリュックは、たくさん本を借りてたくさん持って帰るためだ。おかげで肩は毎日凝ってるし、中学に入学した頃より肩幅は広くなっている。
「じゃあ、また明日」
「はーい、気をつけて帰るんだよー」
カウンター内で柔らかい笑顔を浮かべ、パタパタと手を振る先生に手を振り返すか、毎日迷って、結局今日も振り返さなかった。
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