Chapter1 無地の白

1-1「追憶」

 流れ出る液体、ぼやけていく視界、急激に力が抜けていく。呼吸は既に止まっていた。

(これは…)

 動かなければいけない、そうは思いながらもうつ伏せのまま動けない。

(あの日の…夢?)

 人ではない何かの吐息が、抉れた背中にかかる。

───おい化け物、こっちだ!

 化け物の姿は見えないが、その顔にあたる部位は声の主へと向いているだろう。

───グァゥゥ!

 まだ人の面影が残るその鳴き声は、獣のような足音と共に遠くへ消えていった。

───墨人…

(この声…)

 次に聞こえてきたのは、聞き馴染みのある、いつもより弱々しい女性の声。

───墨人、そんな…

 女性は、悲しそうに何度も自分の名前を呼ぶ。

───墨人、私が…

(やめろ…)

───お姉ちゃんが…

(やめてくれ…)

───助けてあげるからね…

(姉さん、だめだ…)

───うっ…!

 女性の痛々しい声が、酷く曇って聞こえる。

───グチャ、グチャ…!

 肉をかき混ぜるような、湿り気のある気色悪い音。

───ブチッ!

 その音は、何かがちぎれるような音に変わった後、途切れる。

───グチャッ!

 再び聞こえたその音は、今度は何かを突っ込まれる様な感覚と共に、自分の背中から聞こえた。

(そんな…何で…)

───墨人…

(姉さん…)

 女性の声は、次第に。

───これで…大丈夫だから…

(姉さん…!)

 さらに弱まっていく。

───安心して…

 そして。

───ね?

 その声を最後に。


 女性の声は途絶えた。

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