0-10「邂逅」

 黒谷は落下のエネルギーを刀に乗せ、泥怪人の右肩に垂直に突き刺さす。

 その刃先が右脇腹にまで到達した瞬間、泥怪人は短く痙攣し、振り上げていた腕を再び力なく垂らした。

 そして、その身体をを構成していた泥が、急激に黄色い液体に変わっていく。

 その様子を見た少年は、そっと胸を撫で下ろし、大きくため息を吐く。

「死ぬかと思ったぜ…」

 泥は数秒で全て黄色い液体に変わり、マンホールへと流れていく。先程まで異形の人型が立っていた場所には、刀に貫かれた直径5センチ程の赤い球体だけが残っていた。

 黒谷は、刀からその赤い球体を引き抜き、手に取って観察する。

(なんかブヨブヨしてるな…まあ変色してないし大丈夫か)

 球体にはほとんど弾力がなく、スライムの様にプルプルと震えている。黒谷はそれを、腰につけていた筒型の容器へと入れた。

「なあ…」

 不意に、少年が黒谷を呼ぶ。

「ん、何だ?」

「その、なんていうか…ありがとな、お前のお陰で助かった」

 少年は、少し照れる様な素振りを見せながら、黒谷に礼を言った。

「フッ…」

 少年からの感謝を、黒谷は何故か鼻で笑い、そして続ける。

「まさか、アンタからそんな言葉を聞けるとはな…赤坂あかさか陽彩ひいろ

「…!」

 黒谷の言葉に少年───赤坂はひどく動揺し、すかさず質問する。

「…何故分かった?」

「何故って、そのなり赤髪そんな物紅焔刀を振り回してたら、嫌でも分かるさ」

「そうか…」

 黒谷からの回答に、赤坂は険しい表情を見せる。

 そして、赤坂はさらに問う。

「報告するのか?」

「報告…?」

 黒谷が戸惑っていると、赤坂は黒谷の肩に装着されたプロテクターを指差す。

 そこには「einherjarエインヘリアル」という文字の入ったロゴがあった。

「エインヘリアル・セキュリティ…だろ?お前」

 エインヘリアル・セキュリティ、その言葉を聞いた黒谷は少し驚く。

「…割とマイナーなはずなんだが、知っていたとはな」

「社名だけな。で、どうなんだ?」

「上司に報告するかって意味か?だったら、その気はない」

「いいのか?」

「その調子じゃ、俺が言わなくても直にバレるだろうしな」

 再び険しい表情になる赤坂に、今度は黒谷は問いかける。

「そのかわり、と言ったら難だが、一つ聞いていいか?」

「何だ?」

「何故、ここ梅末に来た?」

 黒谷からの問いに、赤坂の表情はより一層険しさを増す。

 そして、ゆっくりと答えた。

「…ある人を探している。言えるのは、それだけだ」

「なるほど、そういう事なら、俺が稼げなくなることもなさそうだな」

「お前…」

「仕方ないだろ、俺はこれを生業にしてるんだ。アンタに怪人をばったばったと倒されちまうと困るんだよ」

「利己的なのは戦闘員の悪癖だぜ」

「まともにヒーローやれてない奴に言われる筋合いねぇよ」

 黒谷からの冗談半分の嫌味を、赤坂は笑い飛ばす。だが、その顔はどこか哀しげだった。

「…それもそうだな」

「痛い所突いちまったか?」

「そんな事ねぇよ」

「それなら良かった…じゃあな、赤坂陽彩」

 そう言うと、黒谷は赤坂に背を向け歩き出した。

 それを見た赤坂も黒谷に背を向ける。

「ああ、じゃあ…」

 しかし、振り向いた直後、赤坂はある事に気が付いた。

(そういえば、コイツの名前聞いてねえな…)

 赤坂は、名前を聞こうと慌てて振り返る。

「って、そーいやお前の名前聞いて───」

 赤坂の声が商店街に木霊こだまする。

「あ、あれ?」

 そして、その木霊は黒谷には届いていなかった。

(消えた…?)

 赤坂は、影の様に消えてしまった黒谷に戸惑い、辺りを見回す。

 だが、商店街のどこに目を向けても、黒谷の姿は見えなかった。

(アイツ、いったい…)

 赤坂は、黒谷の名前が気掛かりでならない様で、顔を顰める。

 しかし、数秒程考えた後、再び歩み始めた。

(…まあいい。きっとまた会える、その時に聞聞こう)

 赤坂は名も知らぬ戦友との再会を勝手に誓い、街の陰へと消えていった。


───これが、後に世界を揺るがす事になる二人の、邂逅だった。

 


 

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