0-4「他意」

「紫雲、お前遅えよ!」

 少年は、駆けつけた紫雲に対して怒りを露わにする。

「ごめんって!…ん?」

 紫雲は少年に抱えられた少女に気付き、訊ねる。

「あなたは?どうしてまだここに?」

「あ、その私、逃げ遅れちゃって、車の中に隠れてたんですけど…」

「見つかっちゃった、と」

「はい、でもこの警備員さんが助けてくれて」

「ふーん、警備員、ねぇ…」

 少年は抱えていた少女を降ろし、紫雲に託す。

「紫雲、この子を頼む。安全なところまで連れてってやってくれ」

「スミくん、あれと戦うつもり⁉︎」

「あいつ、恐らくクラス4だ…分かるな?」

「クラス4⁉︎そっか…」

 少年と紫雲は顔を合わせ、同時に少女を見る。

「あの…私がどうかしましたか?」

 突然視線を向けられた少女は戸惑う。

「ああ、いや、なんでもないですよ」

「そうですか…」

 二人に何かをはぐらかされたような気もするが、状況が状況なため少女はあえて聞かなかった。

 紫雲は、バイクの横につけられていた刀を少年へと投げる。

「それ貸してあげる!」

 刀を受け取った少年は、早速鞘から解き放つ。

「高周波刀…?確か試作段階のはずだったが…」

「それ開発部から借りてるプロトタイプだから、大事に扱ってね?」

「分かってるって、ちゃんとぶっ壊れ───」

「スミくん、上!」

「…ッ!」

 紫雲から警告を受けてからの少年の反応は素早かった。少女と紫雲を前へ突き飛ばし、後方へと跳ぶ。

 次の瞬間、目の前に黒い巨体が落下。その衝撃で泥怪人は自身を構成する泥を撒き散らした。

「これは…」

 泥によって沼地のようになった車道に、少年達は、戦慄する。所々に人体の一部も思しき物が散乱していたからだ。

「飲み込んだ人を…」

「砕いてるのか…」

 泥怪人は少女を飲み込もうとしていた、あのままでは彼女もこうなっていたのだろう。

 撒き散らされた泥は意志を持っているかのように蠢き、一箇所に集まっていく。

 少年と紫雲は怪人の復活を察知し、少年は刀を構え臨戦体制、紫雲は倒れたバイクを起こす。

 泥は次第に人型を形成し、紫雲の方へにじり寄って来ていた。

 少年はすかさず斬撃を放つ、超高速で振動する刃は泥怪人を一刀両断した。

「紫雲、今のうちだ!」

「分かってるって!…さ、乗って」

 紫雲は少女にバイクに乗るよう促す。

「え、あっ、はい!」 

 少女は紫雲に指示され、慌ててバイクに乗った。

「掴んでてね」

「こうですか?」

 少女は紫雲の腰に抱きつく。

「スミくん、絶対勝ってよ!」

「そこは『気を付けてね』だろ」

 紫雲は少年を鼓舞し、大急ぎでバイクを動かす。

「あっ、あの!」

「ん?」

 バイクが発進しようとしたその時、少女が声を上げた。

「お名前を!」

「こんな時に聞く事か⁉︎」

 少年達が会話している内に、泥は再び人型を形成する。しかも、先程よりも小さい個体で複数体に分裂していた。

「あの…!」

「もう行くよ!」

「…チッ」

 少年は少し考えた後、渋々名前を答えることにした。

「…黒谷」

「えっ?」

「俺の名前は───」


───黒谷くろたに墨人すみとだ。

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