幽霊になった君へ

(⌒-⌒; )

第1話 自殺


 ある高校で一人の女子生徒が飛び降り自殺を図った。事件の詳細には明確な原因は見つからず自殺という形で片付けられ、メディアにも大きく切り取られるほど悲惨なニュースが報道された。

誰も知らないその裏で彼女は大きな苦悩に襲われていた事を、一体何人が知っていただろうか。作家である彼女に向けた様々な批判のメッセージや、誹謗中傷。まだ成人していない彼女には重すぎるほどに辛く背負わされたもの。それは決して自殺などではなく明確な悪意を持って打たれたメッセージによる明らかな他殺だった。ただ未だに記事には大体的にこう書かれている。


『〇〇高校で一人の女子生徒が飛び降り自殺』と。


法律では裁けない、誰のせいでもない、ただの文字に、一人の少女は、明らかに殺された。




※※※




「じゃあ、次はどこ行く?」

 「別にどこでもいいけど、君はどこか行きたいとことかないの?」


 デート中のカップルの会話のように聞こえるが、僕と彼女はそんな関係では決してない。何よりそんな関係に発展することも、友達という枠に当てはめることも彼女とはできないだろう。そう考えながら遊び所に溢れた駅近くを二人で歩いた。


 「つ〜か〜れ〜た!どっか寄らない?」


 急に駄々を捏ね始める彼女を鬱陶しく思いながらも僕も疲れていたので仕方なくカフェを探した。彼女はだらけた足でふらふらと歩き、やがて誰かとぶつかりそうになりながらも歩は止まらず、悠々とその間を抜けていく。僕もかわしながら彼女について行く。

 スマホで適当なカフェを探してナビをつけるが彼女は道も分からないくせに僕の前に出る。


 「僕が探してるんだから、僕の後ろにいてくれないかな」

 「はいはい。私は君の守護霊ですからね〜!」


 冗談めかしたようにそういう彼女に胸糞の悪さを覚える。そうして歩いていくと、何やら小洒落たカフェが目に入った。僕は指差し彼女に伝える。


 「ここだ」

 「おぉ〜、中々オシャレだね」


 そのカフェの外装に彼女は目を輝かせる。メニューも見ずに僕らは飛び込むように入った。カランカランと心地いい音と共に店員さんの爽やかな声が届いた。


 「いらっしゃませ––––一名様ですね?」

 「はい」


 決して冗談でも、彼女に気づいていない訳でもない。そしてその言葉に疑問すら示さない僕と彼女。

 僕は頷き、促された席へと腰を下ろした。店員さんは早急にお冷を一つ置いてくれた。


 「メニューをお決まりになりましたら、お呼びください」


 彼女の方には一切目もくれず、マニュアル通りの挨拶をして立ち去る店員さん。

 そう、彼女は誰にも見えない、誰にも認識されず、誰からも声をかけられることはない。僕だけにしか見えない。いわば幽霊というものなのだ。

 まるで物語のような存在だが、これは嘘でも、ましてや物語でもない現実。慣れはしたが未だに信じられない。

僕は店員さんにコーヒーと彼女に言われたパフェを頼んだ。


 店内を歩き見終わってからは彼女も僕の向かいに腰を下ろした。そしてそんな彼女をやはり誰も目にとめることはなかった。

 それを彼女は嬉々として報告してきた。


 「やっぱ見えてないね!」

 「なんでそんなに嬉しそうなの?」

 「いや、透明人間になったらこんな感じなのかな〜って思って」

 「はぁ……」

 「でも、もしかしたら君みたいに見える人がいるかもしれないよ」


 僕だけにしか見えない、か。僕と彼女にどんな因果関係があるのか。あの日の屋上で出会わなければなんの関係も持たない彼女と僕に。……一体何の偶然か。

僕は彼女と出会ったことを思い出しながら早速運ばれてきたコーヒーでその苦い思いを流し込む。


 「にしてもここのカフェは、隠れ家的な感じがするのに中はオシャレで爽やかだね。こういう空気は私は好き」

 「そう」


 何をそんな悠長なと思ったが、僕もこういった雰囲気が好きだった。また席を立つ彼女に呆れながらをくつろぎ足を伸ばして疲れた身体を落ち着かせる。

 涼しいエアコンの風が気持ちよく吹いた。

 そして聞こえない足音で戻ってきた彼女は僕の前で顔に手を付き、ゆっくりと口を開いた。


 「で、今日はなにか見つかった?」

「どうしてそんなにニヤニヤしてるの?」

「そんな顔してないし!」


全くわからない。何が楽しいのか、面白いのか、僕には理解できない。元からそういう性格なのか、変わってしまったのか。

まだ長いかもしれない人生を生きる僕にもわからなかった。


こんなことを言うとまるで彼女が生きていないみたいに聞こえるかもしれないが、実際言葉の通りだ。


さっきから何度も匂わせているが本題に入ると、彼女は死んでいる。生きてもないし、本当は話しているのかもわからない。ただ友達のいない僕が生み出した幻想か、夢か。

なんせ彼女がこの世にいないことは明確だ。

つまり今日で言うところの、幽霊というものが、今僕の目の前には確かに存在しているはずだ。こんなに無邪気に生気に満ちた女子高生が。




※※※




 web小説投稿サイトである一人の作家が注目を浴びていた。その素性は謎に包まれ、すでに幾多のレーベルから出版の依頼を受けるも全て蹴ったという。

 その作家の書く物語はどこか現代に似ていながらも、理想を体現したようなメッセージ性の強い作品が印象的だった。まるで物語の全てに意味を込めているような。

 数多の賞賛と、数多の誹謗中傷を受け賛否は大きく別れた。一躍ネットを騒がせることになったその作家は、突如として姿を消した。作品だけが残ったままで彼女はどこへ行ってしまったのか。

 噂では名のある作家が暇つぶしに書いていたとか、共同サークルで書かれた作品だとか、そんな憶測は未だに飛び交うほどだった。


 そんな作家の情報をSNSで片手読みし、歯を磨きながら思った。才能ってすごいな。

 妬むわけでも、恨む訳でもない、ただ純粋に、途中で書くのを辞めてしまった僕としてはその存在はとても大きく思えた。書き続け、なおかつこんなにも多くの人に、いい意味でも、悪い意味でも影響を与えている。そして僕もその才能に魅せられ、作品を読んでしまった。

 別に才能のせいにする気はないけど、僕にはどうしてもこんな物語は書けない。そしてその才能に見合った大きな代償。それは匿名で誰からも分からない誹謗の数。同時に僕には耐え難いものだと思った。


 そういえば最近「誹謗中傷」という言葉はどこか身近なものになった。ネットが普及した今、誰でも簡単に言葉の刃を人に向けることができるようになったこの時代で、暴力やいじめよりもそのせいで自殺する人間が増えたからか。

 もしかしたら彼女も………いや、やめよう。

 

  口を濯ぎ顔を洗い終わると机にはすでに朝食が置かれており、それを食べながらテレビをつけた。

  両親はもう既に家を出ていて今部屋には僕しかいない。ただBGMのように流れるニュースを聞き流し、SNSでその作家の作品を探しながら朝食のパンにジャムを塗る。


 その時、ニュースキャスターの声が耳に届いた瞬間パッとテレビに視線が吸い寄せられた。それは最近多くなった、自殺のニュース。またか、と思った。だが僕はそれ以上に今テレビで映されている記事に目を疑った。


 『今朝未明、彩色高等学校でその高校の生徒、と思われる遺体を発見。原因は屋上からの転落ということ、事件性のないことからおそらく自殺の可能性。繰り返します今朝未明…………』


 ………………自殺?


 何度も確認するが間違いではない。最近よく聞くようになった『自殺』もちろんそれにも驚いた、だが。僕がもっと驚いたのはその前。その現場が……僕の通う高校だったことだ。

 自分のことじゃないのに、身近な人が亡くなったというだけで一気に鳥肌が立ち、思わず口に入れたパンを吐き出してしまった。

 するとその不安を煽るように、家の固定電話が大きな音をたてて鳴った。急いで受話器をとる。


 『もしもし、そちら嵐山照史(あきと)さんのお家で間違いないでしょうか?』


 少し慌て息の荒い、女性特有の甲高い声が受話器から響いた。担任の松浦先生だ。


 「はい、僕です」


 先生の言うことは大方予想がつく。おそらくはあのニュースのことだろう。

 先生は僕が出たことに安心したのか、鼻を啜ってから話し始める。


 『照史くん、ニュース見た?』

 「……はい」


 ひどくノイズが走る声に僕は短く返事をする。


 『あんな事があってしまったから、今日から数日は休校にするつもりなの』


 当たり前の選択だ。それが普通だろう。だが少し困った事ができた。


 『それで両親のどちらかはいる?』

 「いないです。あの、先生」

 『なに?』

 「その、学校に忘れ物を取りに行きたいのですが、今から行っても大丈夫ですか?」


 僕は不躾にもそう言った。

 先生は声にならないような、呆れたようにため息をひとつ漏らしてから訊いた。


 『どうしても必要なもの?』

 「はい、必要です」


 必要かと言われれば必要なのか悩むものだ。それでも僕は躊躇ず答える。すると受話器から諦めたような沈んだ声が聞こえた。


 『……わかったわ。今から来なさい。先生待ってるから』

 「ありがとうございます。では」


 ぷつっと切れるのを確認し受話器を戻す。

 さすがに無神経すぎただろうか。先生も呆れていたしな。でも、誰かに見られたくなかった僕はどうしても取りに行きたい。

 そう思い立った僕はすぐに朝食を食べ、用意を済ませ玄関を出る。

 夏の暑い日差しが照りつけ、コンクリートが陽炎で揺れている中、僕は学校に向かった。



 学校に着けば多くの人が正門を囲んでおり、現場を見に来た野次馬や新聞記者を警察官が抑えているという状況だった。僕は裏口から入ろうとしたが警察官が立ち、閉鎖していた。状況を説明し一旦は中へと入れてもらう。

 なるべく事件の現場とは遠回りしたが、やはり目に入るもので少しだけ視界に映った。現場にはその人の死体だろうか、ブルシートで隠されたものがあり、その周りを黄色のテープで仕切っていた。

 何だかそれが妙に生々しく、これが現実の世界だという認識を拡張させ吐きそうになる。

 僕は逃げるように校舎に入り、職員室に向かった。受話器の音が鳴り響く扉を三回ノックするとすぐに先生の声が聞こえてきた。


 「来たわね。じゃあさっさと荷物を取って、今日はもう帰るように」

 「忙しそうですね」


 僕は軽口を叩くと先生は顔をしかめた。


 「起きちゃいけないことが起きてるからね」

 「その、こんなこと聞くのはあれかもしれませんが、亡くなった人って、誰なん……」


 先生は顔を変えて首を横に振った。それ以上は言うなというように。僕はそれに口を噤み先生はいっそう語気を強めて忠告した。


 「嵐山くん、余計な詮索はしないように。屋上には絶対立ち行っちゃダメよ。テープで立ち入れないようにしてるから大丈夫かもしれないけど、とにかく行っちゃダメよ」


 それだけ言って優しく微笑んだ。「早く帰るように」とだけ言って職員室の中へと戻っていく。気のせいか若干、松浦先生の目が赤い。それもそうだ。生徒が一人死んだんだ。


 僕は渡された鍵を握って教室へと向かう。


 「名前なんて、言えるはずないか」


 特に理由はなかった。ただ気になっただけ。もし僕の知っている人だったらと。

 この広いようで狭い空間、もしかすればすれ違ったかもしれない、委員会で同じだったとか。そんな人が今日、この学校で自殺したと考えると息が詰まりそうになった。


 自身の教室に行き、鍵を開けようと鍵を差し込むが空いている。ガラガラと詰まったような扉が開いた時、先約がいる事に驚き僕は立ち止まった。

 そこには誰もいないと思っていたのに、僕の席に、一冊のノートを持ち、休校の学校で律儀に制服を来た少女。僕はその人を知っていた。ていうかクラスメイトだった。


 「––––飯塚さん?」


 名前を呼ばれた少女は見開いた目で僕を見た。四角いメガネをかけ、黒髪の短髪がふわりと揺れる。驚いた顔をしても綺麗な顔立ちには間違いなく、若干目が赤い気がする。

 飯塚さんは、僕に気づきすっと肩を下ろした。


 「びっくりしました。おはようございます。嵐山くん」


 律儀に挨拶をしてから不思議そうにこっちを見た。


 「それで嵐山くん、どうしてここに?」


 コテっと首を傾げる仕草に、まさに僕が聞こうと思っていた質問を投げられた。


 「僕は、今飯塚さんの持っているノートを取りに来たんだ」


 言って指を指す。


 「おっと、これはすみません。勝手に中を見てしまいました」


 そう言って彼女は早々にノートを返してくれた。誰かに見られたくない。だからこのノートを処分したくてここに来たのに思わぬクラスメイトに見られてしまった。焦燥と羞恥に言葉を急かしてしまう。


 「い、飯塚さんは何しに?」


 僕とは反対に、飯塚さんは困ったように答える。


 「私は……そうですね。私も忘れ物を取りにわざわざ来たんです」


 と笑って返した。僕はその暗い部分を隠すように貼り付けた笑顔が不気味だと思った。でも飯塚さんがとてもいい人だとはクラスでも評判で、事実こんな僕にも丁寧な言葉遣いで話してくれる。いつもと違う雰囲気。何か自殺した人の影響なのかと考るがそれは失礼だった。


 「それにしても、いい小説ですね、それ」


 不意な感想に僕は呆気に取られる。


 「そ、そうかな。あまり面白くないと思うけど……」

 「そんなことありません。嵐山くんの言葉は誠実で、優しいと思いますよ」


 真っ直ぐな感想にただ照れる。そうか、誠実か。裏を返せば捻りがないように聞こえるが、と皮肉に思った。

 やっぱり、僕には書く才能はないだろうな。なぜなら普通は物語の完成度に目が向くはずなのに、感想は言葉のこと。いわば物語には目は向いていないということだろう。


 「ありがとう」

 「いえいえ。じゃあ私はこれで、っとその前に」

 「ん?」


 くるりとこちらを向き言い残した。


 「小説。書くの辞めない方いいですよ」

 「え?」


 見抜かれていたか、それともただの別れ際の挨拶かそれだけ言って立ち去ろうとする。

 そう背を向ける飯塚さんの後ろに僕は声を掛ける。事件のことが気になると言っていた飯塚さんは、もしかすれば。


 「あの、飯塚さん」

 「はい?」


 思い立ってこんなことを聞いていいものかと自問自答する。あまりに不謹慎だし、常識をわきまえていない気さえするがなぜか無性に気になった。

 好奇心なのか、ただ純粋な興味なのか。その払拭しきれない疑問を飯塚さんへ投げかける。先生に投げた同じ質問を。


 「飯塚さんは、自殺した人の名前って知ってるの?」


 飯塚さんは、さっきとは違い足を止めるだけでこちらに振り向こうとせず、そのままの背を向けた姿勢で応えた。


 「…………私にも、わかりません」


 そうしてまた足を動かす飯塚さんの背中を見送った。

 飯塚さんが出るのを見てから緊張で溜まっていた空気を吐き出す。

 この教室の窓からは事件現場が見て取れた。未だ警察が現場証拠をカメラに収めていて、気味が悪い。もちろん屋上も見えるが、屋上には誰もいないようだった。


 誰か知らないがどうして自殺なんて図ったんだろうか。僕は手を合わせ心の中で誰とも知らない誰かにご冥福を祈る。小説は関係ないが、僕はどんな物語であったとしても、人の不幸になる物語は嫌いだった。物語の中くらい幸せに生きたいものだしな。それは同時に人生が物語などという幻想でないことを、意味していた。

 僕の机の黒いシミに気づいた時、そうしてもうひとつのことに気づいた。

 現場である屋上。そこはテープで仕切られていて、今は警察も記者達も入っていない、にもかかわらず人がいる。

 まさかな。と思いながらも考える前から足が勝手に動いた。廊下に出て階段を駆け上る。もしかしたら。


 「さすがにこの学校で二人の自殺者はやめてくれよ」


 そう心から願うように全速力で階段を登った。

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