第8話 啓蟄

 戦いの火蓋は切られた。


「«無限氷結雨の舞姫グランディーネ»」


 最初に、マジコが大規模なフィールド魔法を展開。

 雨雲が渦巻き、吹き荒れる氷の息吹に霰が舞う。

 村を飲み込む豊かな緑に、霜が降りる。


 すぐに、あちこちで。

 ぼとぼとと、こぶし大の虫が地に堕ちる。


「マジコ、これは!?」

「虫は変温動物だからねぇ。凍てつくような気候だと活動できないんじゃないかと予想したんだけど、想像以上にはまったみたいだねぇ」


 アクスは得心いったという風に頷いた。

 この天候が続くだけで、見えない寄生虫からの襲撃を気にせず襲撃できる。


「ナイスだマジコ!」

「まだまだ行くよぉ。«熾天使の抱擁セラフィム・エンブレス»」

「お? 寒くなくなった?」

「付属効果だけど、保温作用があるからねぇ。これだけやれば、とんとんくらいにはなるでしょー?」


 敵だけを不利にしつつ、自分たちには悪影響が出ないような立ち回り。

 相手がどれだけどのような罠を仕掛けているかは分からないが、無策で飛び出すよりずっと余裕をもって立ち回ることができるだろう。


「でもぉ、流石に村人の動きを止めることはできないかなぁ?」


 人は虫と違って、気温が変動しても体温は一定に保たれる。故に、気温が急激に下がったからと言って生命活動にすぐに影響は出ない。操り人形の村人たちが、勇者パーティの行く手を遮る。


「十分だ! シルフ、アリシア!」

「ええ……人に対してやるんですか……?」

「ウルさんを助けるためです!」

「……分かりました、よっ!!」


 アクスの声に、シルフとアリシアが答える。


 シルフが得意とするのは弓道ではなく弓術。

 弓道の射法八節のように動きを止める事は無い。


 彼女が弓に矢をつがえると、次から次へと村人に打ち込んでいく。一本一本は決して突き刺さることなく皮膚を掠めるのみ。そのおかげで矢は推進力を失うことなく、直線状に並ぶ村人を一矢で複数人引き裂いていく。


「«広域癒合エリア・ヒール»!」


 シルフが全ての敵に傷を負わせてすぐ、アリシアは傷口を塞ぐ呪文を唱えた。何故そのようなことをしたのか。


「がぁ、ぎっ、ごぉぉ!」

「ただの麻痺毒です。命にかかわることはありませんので、その場でおとなしくしていてください」

「うりぃぃぃがぁぁ!」


 そう。

 シルフが放った矢の先には麻痺毒が塗られていた。

 その毒が出血と共に流れないように、アリシアは傷口を塞いだのだ。その毒は体内に留まり続け、宿主を錆びついたブリキのようにする。寄生虫がどれだけ操ろうとしても、動かない関節は動かない。


「……君たちは、本当にすごいな」

「あ゛? なに弱気になってんだテンマ」

「いや、よく取れた連携だなと思っただけだよ」

「そりゃあ、長くパーティ組んでたからな」


 彼らは駆ける。

 村の奥めざして。

 魔族のいる場所を目指して。


「そうだな……勇者の椅子は、彼の方がふさわしい」

「あ? てめえもそんな事考えてたのか」

「それは、そうだろうさ」

「ったく。このパーティのリーダーはどいつもこいつも……待て! 止まれ!」


 それにいち早く気づいたのはアクスだった。

 彼が先頭を進んでいたからか?

 いや、そうではない。


『警戒を怠るな』


 ウルがアクスに言った言葉。

 それを誰よりも真摯に受け止めていたからこそ。

 アクスはそれにすぐさま気付いた。


「どうしたアクス! 先を急ぐんじゃないのか?」

「……来る」

「何が――」


 テンマが「何が来るというんだ」と言おうとした時だった。ゴゴゴという地鳴りと共に、夢幻の郷村ノエマの大地が隆起した。


 まるで啓蟄を迎えた虫の様。

 土くれを被った人型の蜂。

 そんな化け物が、地中から這い出るように現れた。


『貴様らぁあ! よくも! よくも私の子供らを!』


 怒髪が大地を穿ち、あらわれたのは目的の魔族。

 寄生虫の扱いに長け、夢幻の郷村ノエマを支配する魔族。

 それがようやっと、アクス達の前に姿を見せた。


「ハッ! ようやくおでましか!」

「なるほど、土の中。道理で見つからないわけです」

『許さん! 貴様らも私の傀儡にしてやる!』

「そいつはごめんだ!」


 アクスが手に持った斧で魔族に切り掛かった。

 切り裂いた、そうアクスは直感した。

 しかし実際にはそうはならず、その一閃は大きく空振るだけに終わった。


『まずは貴様だぁ!』

「ハアァァアァ……ッ!?」

「っ! テンマ! 助かった!」

「あ、ああ!」


 魔族から生えた、トカゲのような尻尾。

 その先端に生えた槍のような突起物がアクスを襲ったが、すんでのところでテンマが射線に割り込むことでその一撃に対処する。


 だが、テンマはここで気付いた。


(なんだ、衝突予測と実際の衝撃に、わずかにタイムラグがあったような)


 それは、時間にしてコンマ1秒以下の世界。

 だがしかし、命を賭ける場においては決定的な違和感だった。その違和感の正体を探るため、テンマは距離を取るのではなく詰めて魔族に切り掛かった。

 一文字ノ型――«横薙ぎ»。


「セイヤァァ!」


 しかし、またしてもその剣は空振りに終わる。

 テンマは半ば確信し、続け様に十文字ノ型――«唐竹割り»に繋げた。

 今度は、普段より一歩深く。


「セイハァァアァァ!!」

『何ィッ!! ッぐはァ!!』


 ようやく、魔族にまともな一撃が入る。

 テンマは魔族を蹴飛ばし、距離を取った。


「聞いてくれ皆! 仕組みは分からないが、おそらく俺たちは視覚が鈍化してる!」

「視覚の鈍化だと?」

「ああ。奴の攻撃タイミングと、こちらの攻撃の間合いにわずかながら違和感がある。目測はズレている。そのことを念頭においてくれ!」

「チッ、そういう事かよ!」


 一撃目が入らなかった理由を察したのだろう。

 アクスが苦虫を噛み締めるように吐き捨てた。


『ぐぅっ、ふん!』


 立ち上がった魔族は、羽を広げて飛び去った。

 虫の持つ羽のように、薄く、透明感のある羽だ。

 気持ちの悪い音を立てて奥へと飛び立つ。


「あ、てめぇ待て! 逃げんな!」

「待てアクス! 深追いするな!」


 すぐさま追いかけるアクスと、抑止するテンマ。


「どっちにしろウルとヒルカを探す必要がある! 前進あるのみだ!」

「よく言いましたアクスさん!」

「ここまで来たら、短期決戦が吉です」


 アクスは魔族を追って駆け出した。

 アリシアやシルフが、その後に続く。


「くっ! お前らどいつもこいつも!」

「しょうがないですよぉ」

「ん」


 その後を、テンマ、マジコ、メアが追いかける。


「待ってろ! ウル! ヒルカ!!」

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