第11話 あなたもわたしも

 呉服屋でメアの衣装を依頼して。

 何度か朝日が生まれ変わってから。

 ようやく、仕上がったという報告が来た。


 青空煌めく日の事だった。

 メアのお披露目が始まる。


 ぼさぼさだった髪は無造作カールボブに。

 砂に塗れていた肌は、雪のように白く滑らかで。

 ボロボロだった服は錦織の着物に。

 無表情だった顔を赤らめて、メアは言った。


「ど、どう、かな?」


 思わず、ため息が零れた。


「キュート!!!!」


 テンションメーターがマッハで振り切れそうだ。

 本当はもっとべた褒めしたい!

 アリシアの機嫌が悪くなるから言わないけどね。

 こんなことなら映像記録の魔道具を用意しておけばよかった。


「ウルティオラ、アリシア、ジーク。本当に、ありがとう」


 メアの顔が真っ赤に染まる。


「ああ、どういたしまして」


 言いつつ、俺は思った。

 果たして、メアという一人の少女を、俺は救えたのだろうかと。

 答えは誰も教えてくれない。

 誰も答えを持っていない。


 何をもってして、救済と為すのだろう。


 闘技場は潰した。

 争いしか知らなかった瀕死の彼女を、恥じらうことも笑うこともできるまで面倒を見た。

 死の淵に瀕していたころと比べれば、よっぽど人間らしい生活をできているだろうと思う。


 だけど、それが彼女の本望だったのだろうか。


 俺は聞かなければいけない。


「メア」

「なに?」

「……あー、とだな。俺は、お前の力になりたいと思ってる」

「ウルさん、ウルさん。私もですよ」

「……俺たちは、みんなメアの仲間だ」

「? うん」


 あー。だめだ、はっきり言えない。

 答えを聞くのが怖い。

 もういっそ、聞くのを止めてしまおうか。


「ウルティオラ」


 メアが、俺をしっかりと見ていた。

 俺が言い淀んでいることを察したのかもしれない。

 ……参ったな。

 ホント、感情の機微に聡くなってしまって。


「はぁ。メア、大事なことだ」

「ん」

「お前が救いたいと願った仲間たち、そいつらは、スラムに生きていることを苦しく思ってるか? スラム街から連れ出すべきなのか?」


 メアは最初、押し黙った。

 ぼんやり、どこか遠くを見つめている。


「ううん。そんなこと、ない。ないよ」


 ぽつり、ぽつりと。

 メアは少しずつ言葉を紡いだ。


「私たちは羨んだ。幸せに生きる人たちを。でも、それより、憐れまれたくない。人からの善意、不慣れ、受け取れない。惨めに生きるより、仲間と死ぬ。それが私たち、だった」


 メアの声は尻すぼみ。徐々にトーンが落ちていく。


「私は裏切り者だから」


 その声には、諦観の念が色濃くにじんでいた。

 最初から覚悟していて、いざその時が来た。

 そんなときに人が出す、熱量が切れたような声。

 燃え尽きた後に残った灰被りの火種。

 そんな感じの声だった。


 その気持ちは、少しわかる。


「そっか。なあ、ちょっと、話をしないか?」

「? 話ならしている」

「うん。アリシア、ジーク、少し席を外してくれ」

「……むぅ、仕方ないですね。行くよ、ジーク」

「きゅるる」


 さて。どこから話したものか。

 ベッドの手すりに肘を掛ける。

 考えはまとまらなかったが、言いたいことはすらすらと形になった。


「メアの気持ち。全部は無理だけど、ちょっとだけ分かるよ。俺も、似たようなもんだから」

「ウルティオラが?」

「うん。俺はちょっと違うんだけど、仲間にずっと嘘を吐き続けてきたんだ」

「……うそ?」

「そう。本当は俺の居場所じゃないのに俺はそこにいて、それを俺だけが知っていて、ずっと仲間に隠してて」


 勇者の影武者として。

 最後までずっと、だまし続けた。

 敵だけではなく、仲間さえも。


「分かるよ、メア。お前が覚えてるのは後悔と、諦めと、そして何より罪悪感だろ? みんなに合わせる顔がない、そうやって自分を責めてるんだろ?」

「……」

「勘違いしないでほしいんだけど、それを悪いことだと言うつもりは無いんだ」

「……え?」


 驚いた声を出したメア。

 俺は自分が情けなくなって、自嘲を零した。

 本当に、笑えているだろうか。


「俺もさ、怖いんだ。みんなに会いたいっていう思いより、みんなからどんな目で見られるかが、すごく怖いんだ」

「ウルティオラも?」

「そうだよ。自分がどう見られるかっていうのは、たまらなく恐ろしいものなんだ」


 だから、と。

 俺は続ける。


「メアがどんな選択をしたって、誰も責めやしないよ。だから、メアも自分をあんまり責めるなよ」


 俺は、泣きそうになっていないだろうか。

 声はしわがれていないだろうか。

 つい、目を合わせていられなくて、顔をそむけた。


(前々から、不思議に思ってた)


 初めて会ったその日から。

 どこか、他人に思えなかった。


(どうして、他人事に思えないんだろうと)


 最初は宿泊の町リグレットのおっちゃんのせいかと思った。

 助けを求めている人に手を差し伸べろ。

 そう言われたから、他人事に思えないのかと。


 だけど、実際には。

 彼女は俺が思っている以上に俺に近しかった。

 最初から本能で感じ取っていたのだろう。

 自分と似通った人物の特徴を。


(最初から、似た者同士だったんだ)


 その時、ふと。

 背中から、優しく抱きしめられる感覚がした。

 胴に回された白く細い腕。

 見なくても、分かった。


「ウルティオラ。ウルティオラも、自分を責めてる」

「……そんなことないさ」

「ううん。そんなことなくない」


 ドクンドクンと、心臓が脈打つ。

 自分の弱さを見透かされるようで。


「ウルティオラは、私のそばにいる」

「……そうだな、お前は独りじゃない」

「それは違う」

「何がだ?」

私は・・じゃない。あなたも・・・・独りぼっちじゃない、よ」


 メアはギュッと力を込めた。

 お腹が、キュッと締まる思いをした。

 その緊張感も、すぐにほぐれることになる。


「ウルティオラが私のそばにいるなら、私もウルティオラのそばにいる。ねぇ」


 ――メアが体重を俺に乗せた。


「そのことに、気付いてよ」


 ……おかしいな。

 俺が彼女を慰めるはずだったのに、なんで。

 なんで。


「メア」

「ん」

「もうすこしだけ、このままでいさせてくれ」

「うん」


 ああ、くそ。

 なんで、なんで。

 この涙は。

 止まらないんだろう。

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