第29話 僕の告白
逡巡したあと、息を少し吸い込んで、吐き出しながらいう。
「澄香さんの話を聞いて、ぼくも思うところはある。ぼくにも似たような経験はあるんだ」
「それは、失ってから気付かされたんだけどね」と付け加えた。意外そうな顔で君はぼくの顔を覗いてくる。どこかこそばゆさを覚えながら口を開く。思い出しながら語るのは、あの娘のこと。
「ぼくのことを、好きになってくれた人がいた。中学の時だ。いつからか、ぼくも好きになった。付き合ってから、ずっと二人でいるからなんでも分かり合える仲だと思ってた。でも、いつからかすれ違って、互いにギクシャクしていた。だから、ぼくは別れを切り出した。そうした方が互いに懸命だと思ってた。それは違ったんだ」
視界には夜空が見えるが、あの日のミライのクシャクシャの泣き顔が映る。震える唇が動き、あのセリフが放たれるのだ。『独りよがりの強がり』。この先、忘れることのできない言葉だ。
長いまばたきをし、冷え込んだ空気を深く吸い込む。あの日の記憶に無理やりに占めた心の蓋を開ける。
胸に痛みを覚えるが、グッと堪えていう。
「別れを切り出した時、ぼくは初めて自分に根拠がないと気付いた。ぼくが想像しいていた理由は、その人に当てはまらなかった。結局のところ、ぼくは知ったかぶりをして、ただ自分に都合のいいように生きていただけだった」
――あの夏、君の隣で唐突に突き付けられた自分の奥底にあった後ろめたい部分。君が砂の町を守るために掘り起こした砂と一緒に出てきたのだ。
「あの時の正しい答えは見つからないまま。でも、今さらだけど、これからどうすればいいかわかったんだ。どんなに悔やんでも、あれこれ考えても、時間の流れは止まらない。君が自分のしたいことに向かって歩き出すように、ぼくも歩き出すしかないんだ。どんな想いも後悔を抱えても、他にこれ以上失わないように、突き進むしかないんだって」
言い終えてみると、なんだが小恥ずかしくなる。頭をポリポリと掻いて、「ぼくも変なこと言ったね」と誤魔化すようにいった。
ミライとの楽しい思い出も、辛い記憶も、今はとりあえず蓋をしておこう。そう思えるようになった、君をずっと見つめていたいからだ。
「そんなことないよ」といい、「それに、私は……そんなすっごい人間じゃないよ」と頬を少し赤らめて視線を泳がせる。
「そうかな。君は、ぼくの目から見たら、すっごく特別な人だ」
惜しげもなく口から滑らせてみる。
「私は……きっとそんな風に……大事な思い出をずっとしまえるようには……生きていけない」
うーんと悩まし気な素振りを見せ、
「貰った思い出を、少しずつ零していくような……。夢を零していくような、そんな気持ちで歩いているのかも」
言葉に詰まり、唇を一度キュッと結んでから言い直していた。両手の指先をソワソワといじらしい仕草を止め、君の目が空を仰いだ。途端に、空気が変わったが気がした。
透き通った空気が凍ったように、君の周囲が輝いているような錯覚に陥った。君が纏うものすべてが、君の味方になっているような、そんな風に思えてしまう。君は、どんなものも自分のものにしてしまうのだろうか?
またも二人の間に静寂が生まれ、ぼくは思い馳せる時間を貰えた。
ずっと君の一番になりたいと思っていた。でも、先ほどの話とその横顔に思い出された。忘れていた、大事なこと。
視線を足元に落とす。
君に届けたいものも、見せたいものも、何もかもが中途半端な気がしてならなかった今日までの日々。その曖昧になっていた部分を、君の儚く優しい言葉がピースになってくれて、ようやく理解できた。
君は十七歳でもう一度、純真無垢な赤子になってしまった。生きていく上で必要な着飾ったものを脱ぎ捨て、生まれたままの心でぼくの前に現れたのだ。繊細なように見えて、実は大きくて壊れることのない気持ちを君は見つけたのだ。
隣にいる君を、誰のものにしたくないのは確かだ。本屋で過ごしているあの男のことを、君がどう思っているのか、本当の所はわからない。でも、今なら信じていいんだろう。
先程の君と同じように、隣で正面の何もない闇を見据える。君はみんなが大好きなのだ。ぼくのことも、タっちゃんのことも、ハルのことも、カナのことも。そして、あの本屋の男のことも等しく大好きなのだ。
心臓の音はゆっくりだが、強く波打っている。噛み締めるたび、それが自分の魂を震わせる感覚を覚える。君の言葉を信じる一方で、溢れ出そうな感情に身を委ねていた。
ぼくの真剣な告白も、きっと笑顔で流してしまうのだろう。でも、それでもいい。今こうして燃え上がっている気持ちを、すべて君にぶつけてみたい。
腹を括った時、周囲のすべてが遠く感じた。君と僕だけしかいない世界。そうだ、今は――
「ねぇ、澄香さん。あのさ。聞いてほしいことがあるんだ」
君の瞳が動く。ぼくが囚われる。
一秒にも満たない見つめ合い。
口を開く
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