夏
第6話 雨季は過ぎる
ゴールデンウィークを過ぎると熱さと共に分厚い黒い雲がやってきて、ぼくらが住む街に嫌だというほど雨を降らしていく。雨季の到来だ。
ぼくと澄香さん、ついでの取り巻きのふたりはバス通学だからあまり気にしないが、徒歩や自転車通学のやつには鬱々しい時期だ。電車と徒歩で通学しているタっちゃんは毎度のこと肩を濡らし、「俺が登校するときぐれーは雨降んねーでくんねーかなぁ」と愚痴を零すほどだ。
相変わらず、例の不思議な交換会を続いていた。
最初はぼくと澄香さんだけのやりとりだったのが、いつしかタっちゃんや加奈とハルが混ざるようになった。タっちゃんはぼくと似た趣味の少年漫画を出し、ふたりはイマドキの女子といった漫画を渡してくる。男性キャラクターが美形に描かれているやつだ。
やがて、この不思議な会には暗黙のルールが生まれ始めた。
まずひとつは、読んだら必ず感想を伝えること。
これは当たり前だし、逆にこれがこの会の醍醐味でもある。その作品を称え、どのキャラがどんな展開をした時が胸にくるのかを語らなければいけない。
当然、暇人なぼくらにはもってこいだ。特にお喋りが得意なタっちゃんに関しては、まるで評論家のように語り出し、ぼくらを楽しませる。これに関してはちょっぴり悔しい面もあるのが正直なところ。
次に、絶対に学校内で済ますこと、だ。
これに関しては本当に自然に出来たこと。放課後にファミレスや喫茶店、ハンバーガーチェーンによってそこで語ったり、本屋に行って皆でオススメの作品を探す、という行為はないのだ。
このルールに関しては澄香さんと加奈が放課後に塾があるということ。咥えて、澄香さんに至っては次回作の執筆もあるのだ。
聞いた話では、なんでも担当編集者が付いて、次作のことやらなんやらで忙しいそうだ。そこに関しては深く聞くことは出来なかった。
そういうところ見ると、澄香さんはぼくたちとはどこか違う存在に思えて仕方なかった。
だからぼくらの会はもっぱら昼休みの時か、帰りのホームルームが終わったあとの三十分くらいしかない。短い時間の中で話すからこそ、この会は濃厚かつ、充実した時間であった。
それでも、時々思う。もう少しばかりこの会を延長してみたい、と。
最近じゃあ、剣崎がぼくらの会に入りたいのか、所々でちょっかいを入れるが、加奈と春が受け入れない。素直になれない剣崎を入れるのは、ぼくも疎ましく思うので二人に賛成だ。
この会をずっと続けたいと思うのは、澄香さんのことをもっと知りたいという好奇心からだ。
あのサインを貰った日の衝撃は未だにぼくの胸の中に焼き付き、心の中のどこかに空いた穴に熱い何かを送ってくるのだ。
澄香さんになにを奪われ、代わりに何をくれたのかは見当もつかないが、探求心に似た好奇心が彼女へと寄せられる。
それを恋だと言えばそうなるだろうが、ぼくにはそんな単純な言葉で片付けることができない。理屈で通らない部分があるのは、ぼくはあまり好まない。
おまけに、あの日の衝撃がもう一度くることがないのだ。ただただ阿呆のように視線を奪われる超新星爆発は、彼女の隣にいても起こる気配が一向にないのだ。
だからこそ、どんな日だって機会があれば彼女の隣で、ぼくを変えた何かを探るために、澄香さんという少女を探るのだ。
ただ、この二か月ほどでわかったのは、澄香さんという人はどこか人より浮いているということぐらい。
スローで、吹いてしまえば飛んでしまいそうな穏やかな喋り方や、鈍臭そうな代り映えのない表情。時折、遠くを眺めるような猫のような眼差し。
生活はといえば、いたって真面目。授業中はきちんと板書しており、先生の受け答えにもわかるものは答えるし、そうでないときは「わかりません」と答える。
休み時間はといえば取り巻きのハルと加奈が押し寄せ、好きなことをベラベラと喋るのだ。その内容は日替わりだけど、大体同じことの繰り返し。さっきの授業のことだとか、推しの二次創作の漫画だとか、当たり障りのない話題。澄香さんは適当に頷くくらい。でも、たまに何か一言二言話している。
そんなどこにでもいる大人しい普通な女の子なのだが、ひとつだけ気になることがある。
それは時折、遠い目をするのだ。
まるで自分が異質な空間に取り残されたような感じだ。ひとりで居ても、ハルとカナとの会話から外れた時とか、ふとした瞬間に視線がどこかに飛んでいるのだ。彼女が見つめる先に、興味をそそるものはない。
最近、偶然にもその横顔を間近で見たとき、かぐや姫が自分が月の住人だと気付いた時にはこんな表情をするだろうと、バカバカしい考えが思い浮かんだ。
小説家という人間はこのような性格が多いのだろうか? 残念ながら、ぼくの今までのモデルにそのような人種はあまりいない。せいぜい、悲しい過去を背負ったふりをした陰気なやつが似たようなことをしていたが、参考にならないだろう。
それからしばらくは薄汚れた綿が敷き詰められた空ばかりが続き、雨季が去り始めた。
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