そら~不思議な女の子と天邪鬼のぼくの一年間を綴る~

兎ワンコ

第1話 振り返る春

 空を嫌いな人はいないと思う。

 晴れた日の雲ひとつない空が好きな人。

 轟々と降りそそぐ雨をはこぶ黒い雲の海が好きな人。

 寒さをふくんで進む低い薄い雲。

 水たまりに移った夏の入道雲が好きな人。

 雪化粧に彩られた冬の夜空が好きな人。

 いろんな感情、思想を。なにか感じながら、思い出しながら見上げる。

 皆、上を見ていたいんだって。

 

 こんなことを思うようになったのは、彼女のおかげだ。彼女との出会いでぼくはただ過ぎていく時間に意味をつけることが出来、空白になっていた心に違う色を塗ることが出来たのだ。

 そうしてぼくは歩いている。

 春晴れに覆われた生まれ育った街を。

 いろんな思い出を作ってきた道を。

 足を進めるほどに、懐かしむだけの思い出が、ありありとよみがえるような気がしてならない。

 近所の住宅街を抜け、二車線の県道へと入る。歩道には街路樹に植えられたクスノキの古い葉が赤みがかり、緑と赤のグラデーションを個々に彩っている。車道ではせわしなく車が往来し、春の新鮮な空気を排気ガスが汚染していた。


 足元に散った赤い枯れ葉を踏み、県道をずっと進む。やがて三年前まで通っていた中学校が見えた。

 緑のフェンスに囲まれてそびえるクリーム色に近い白の校舎。校庭では野球部が練習しており、気合のこもった声を張り上げて白球を追いかけている。

 ここにはぼくとあの子がいた。あの子の名前は藤沢ふじさわミライ。良くも悪くも普通な、どこにでもいる女の子だ。


 ミライとの日々は思い出せる部分が少なくなっている。

 二年生の時に同じ委員会だったこと。

 文化祭の片づけで見せた意固地な笑顔。

 三年生の時に向けてきた泣き笑いのような顔。

 力強そうなゆびさき。

「好きでした」と告げてきた緊張した声。


 まだ幼くてなにも知らないぼくたちは、手を握るだけで大人になっていくような錯覚を覚えた。互いに心を通わせた日々が、互いの自信になっていた。そうしてこんな風に似た空の下で無邪気に笑っていたんだ。


 そして高校に入ってからすれ違った日も、惰性的に会って無言で過ごした日も、別れを告げた日の中にも、こんな空があったのかもしれない。

 ミライとの日々は空の下で始まり、空の下で終わった。


 今となってはミライがどうしているのかわからない。知る術はあるが、ぼくが関与することはもうない。でもきっとミライは上手くやっている。この空の下、ぼくの知らない道をどうにかして歩いているんだろう。


 懐かしい思い出を掘り起こしたぼくは母校から目を離し、さらに歩く。

 今だからこそ、もう一度見納めなきゃいけない景色に向かうために。

 僕をほんの少しだけ大人にさせてくれた、風変わりな女の子との場所へ。

 すべては空からはじめるんだ。

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