第8話 交錯そして開戦 ③

 戦闘する気満々でコンコードに押し入ったイギリス側は、拍子抜けした。誰もいない。目に炎を宿して猛々しく襲いかかってくる状況を予想していただけに、どこか落ち着かない雰囲気が軍に流れた。

 全速力で追いかけていたので、斥候も出していない。ゲイジは周りの状況を見て、当初の予定通りに事を進めることにした。

「よし、それでは今から武器と弾薬の捜索活動に移る。各隊四方に散らばり作業に移れ……用心は怠るなよ」

 イギリス兵は手持ち無沙汰だったところに仕事を与えられ、意気揚々と捜索活動を始めた。しかも、隊長が言うことには、一番多く武器・弾薬を見つけ出した隊には、特別報酬が出るということだ。用心が必要ということはわかっていても、彼らの脳裏にはもう、植民地の弱虫どもはわんわん泣いて逃げ出した、という思い込みが根づいていた。最早周囲への警戒は二の次になり、隊ごとに競って捜索をし始めた。

 ある隊のメンバーが、民家に人の気配を感じた。

「おいお前ら二人、様子を見てこい」

 若い二人の男が慎重に家に近づく。

 戸口に着き、耳を澄ませると、何やら人間のような声が聞こえるが、何を言っているかはわからず、素性は不明。

 二人のイギリス兵は生唾を呑み込み、突入の決意を固めた。抵抗されたら殺せばいい。戸口を蹴り上げ、銃を構える。

 中には二人の男がいた。一人がベッドの上で目を閉じ、もう一人がその傍でうずくまり、声を上げて泣いていた。

「おい、手を上げて伏せろ」

 とイギリス兵が言うと、泣いていた男がはっと顔を上げ、伏せるのではなく大股で二人の元にやってきた。目がとても大きい。

「おぉ、おぉ……きてくれたか。きてくれたか二人とも」

「え?」

 男は二人の手を取り、すりすりと顔を押し付けた。背筋に悪寒が走り、イギリス兵は顔を見合わせる。

 何だ、こいつ。

 気持ち悪い。

 酒臭いぞ。

 床に十数本の空瓶が転がっているのが見えた。二人は家の外に逃げ出そうとしたが、男の手が二人の手首をガッチリと掴んで離さない。

「ジャックが、ジャックが死んじまったんだ。一緒に手を合わせてくれ。頼むよ」

 二人は家に入ったことを心の底から後悔しながらベッドの前まで行った。手を合わせて祈るフリをする。

「知ってるだろ? ジャックはとてもいい奴だった。確かに昔はやんちゃだったさ。蛇を生でかじったり、全裸でコンコード中を走り回ったこともあった」

 ジャックはこらえきれず口元を一瞬歪めた。二人は気づく。

「あれ、今……」

「だけど、いくら何でも若すぎるだろ! あいつが何をしたっていうんだ」

 男は声量を急に上げて、わんわんと泣き始めた。

 うるさすぎる。そして胡散臭い。

「まぁまぁ……」

 と二人は男をなだめて落ち着かせる。すると男は鼻水をすすりながら変なことを言い出した。

「さぁ二人とも、哀れなジャックのために歌いましょう」

「歌う⁉」

 今度はしっかりとジャックは噴き出した。

「今、絶対、笑っ……」

「ジャックフォーエバー」

 男の歌声が二人を遮る。

「さぁ、一緒に歌って」

 二人は最悪な気分で顔を見合わせた。もう男たちの素性だとか、武器がどうだとかはどうでもよかった。ただ一刻も早くこの場所から出たかった。

「ジャックフォーエバー」

 

二人が家から出てきた。隊長が尋ねる。

「どうだった? なんか変な歌が……」

「何もありませんでした。隊長」

「いや、しか」

「何もありませんでした!」

 二人の青ざめた顔があまりにも気味が悪かったので、隊長はそれ以上聞く勇気が湧かなかった。

「そう……」


 ある百人ほどの部隊は夢中で探索活動を続けている内に、いつの間にかコンコードを出てしまっていた。隊列は縦に伸び、手柄を取ることに夢中になっていた。

「見つけたら報酬だ。はよ見つけろ!」

 隊長がもう報酬のことしか考えていない。当然、兵士たちは銃も構えず、地面に目を凝らし続けている。兵士たちの脳内は、見つけた後の歓喜の瞬間で一杯だ。

 狙いはそこだった。いくら訓練を積んだ正規兵といえども、敵の危機がなく、捜索という他の魅力的な目的がある中で、最大限の警戒が続けられるとは考えにくい。その上、部隊はいくつかにわかれているし、何よりもここはイギリスではない。油断、その言葉が今のイギリス兵にはお似合いだった。

 縦に伸び切った部隊が、コンコードから離れた川に差し掛かった。一人の兵が顔を不意に上げた途端、兵は声にならない声を上げてしりもちをついた。男の様子に驚き、続々と顔を上げた仲間たちが次々に短い悲鳴を上げる。

 そこには、川の流れに沿って植民地軍がずらりと並んでいた。銃口を敵に向ける兵たちの中に油断はない。ロチカという異端児もその中に紛れ込んでいたものの、今はおとなしく、ぎこちないながらも銃を構えて人間のフリをしている。

 服装に統一感は全くない。皆が普段着ている地味な色合いをした日常着を身に纏っていた。しかし、彼らは整えられた集団としての統一感を携えている。

 川の流れに沿って、横並びに銃を構える植民地軍。川の流れに垂直になって、銃を構えてすらないイギリス軍。植民地軍総数約五百。イギリス軍総数約百。地理的、人数的にも明らかに前者が有利だった。

 だが、逃げようとする部下に隊長が怒鳴り散らす。

「馬鹿者。相手は突貫工事の軍にすぎない。訓練を積んだ誇り高き我ら英国軍が敗北することなどありはしないだろ。逃げるな、銃を構えろ!」

 現状を無視した感情論的な命令でありながら、自らの誇りを刺激された兵隊たちは、逃げるのを止め、次々に銃を構え始めた。

 植民地軍は動かない。堂々とした態度が、逆にイギリス軍の癪に障る。

 こらえきれず、イギリス兵の一人が銃の引き金を引いてしまった。

 植民地軍を率いていた図太い男は敵の発砲を見て高らかに笑った。

「まんまとはまりやがった。よし、全員、撃て」

 植民地側の意志が詰まった弾丸の荒波が、情けないロブスターたちに襲い掛かった。


 ゲイジの元に武器弾薬の捜索から帰ってきた部隊の報告が続々と届いた。聞くたびに苦虫を噛み潰したような顔になる。

「ありませんでした」

「ありませんでした」

「ありませんでした」

「なんでぇ?」

 ゲイジは頭を抱えた。奴らは一体どこに武器を隠したのだ。何の成果もなくイギリスに戻ったことを想像するだけで体の震えが止まらない。王、ジョージ三世が怖すぎる。

 すると、一人の兵が血相を変えてゲイジの元へ駈け込んできた。

「どうした、見つかったか」

「見つかりました!」

「よくやったぁ!」

「敵に」

「え?」

 歓喜に満ちたゲイジの顔がみるみる青ざめ、ひきつっていく。駆け込んだ兵の汚れた服装や顔をしっかりと見ると、重大さが時間差で押し寄せてきた。

「敵の数は……?」

「二千くらい……」

「にせん!」

 思わず声が裏返り、昇天しかけた。

 実際の植民地軍の数は約五百。この兵は随分と勘違いをしていたが、それほど川での植民地軍の恐怖が大きかったということだろう。

 ゲイジは酷く狼狽し、逃げ腰になった。

「て、撤退だ。撤退、一時撤退」

 イギリス軍は慌ただしく逃げていく。

 最小限の犠牲で最大限の勝利を得る。図太い男の手腕が光った。

 そんな彼の元に、イギリス兵が逃げ出したとの情報が入る。歓喜の声を上げる植民地軍。しかし、敵をそう易々と国に返すわけにはいかない。

 図太い男は大声を張り上げた。

「追撃するぞ!」


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