魔法使いと独立戦記
shomin shinkai
プロローグ
ボストンの港は、暗い紺の色で覆われていた。
夜。歩を進める彼らの足取りは極めて静かだったが、同時に力強さも感じられた。五十名はいるだろうか。呼吸音さえうるさいと感じる。互いの心臓の音さえも聞こえてきそうだ。
一人の男がつまずいた。
「おっ……」
思わず声を上げると四方から拳が飛んできた。
「落ち着けオリ―」
別の男が言った。オリ―は頷きながら緊張と興奮が入り混じる体の震えを押さえ、再び走り始める。彼の眼は夜闇でもわかるほど大きな目をしていた。
うっすらと太陽の先駆けが暗闇に溶け始めた。まだ起きるには少し早い。が、住民はあまりの騒がしさに起きざるを得なかった。
「うるせぇ、なんだ!」
口々に文句を唱えながらぞろぞろと住民が家から出てきた。港を見た途端、住民の顎が一斉に外れた。
信じられない光景が広がっていた。
停泊中の船の上に、何十人もの男たちが奇妙な恰好で乗り込み、口々に雄叫びを上げているのだ。ただの船ではない。イギリス船だ。
男たちは船の上から木箱を放り投げていた。
「ボストン港をティーポットにしてやる」
中身は、茶だった。
海に放り出された木箱はあるいは砕け、あるいは海に一度沈んでから浮上してきた。しみ出された茶の成分は、予想外の景色に驚いたに違いない。海の匂いに香り豊かな茶の匂いが絡みつき、煙となって蛇のように海面を這った。海の色は瞬く間に淀み、赤い手が海を支配しようと無数の手を思い思いに伸ばした。
男たちは興奮状態にあった。顔を真っ赤にして唾をまき散らしながら叫び、飛び跳ねた。
オリ―はその中でも飛びぬけてはしゃいでいた。ハンマー投げの如く茶箱を海へ投げ捨て、大声で吠えた。
最早、ティーの面影はなかった。連想させるのはただ、血。
汗を拭いながらオリ―は昇り始めた太陽を大儀そうに見つめた。大きな瞳が希望を見つめ、船首の上で握った拳に力を入れる。
「わかった。動いてみてやっとわかった。俺は飢えている……自由に。
俺たちは掴める……自由を!」
太陽はいつも通り目を覚ましたに過ぎないが、今日の朝日はボストンの港を黄金色に輝かせていた。
「おい、逃げるぞ!」
誰かが言った。集団は残った最後の茶箱を思い切り放り込むと、身に纏ったカモフラージュの衣装を脱ぎ捨て、四方八方に全速力で散った。
ボストンの港は、明るい赤の色で覆われていた。
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