第8話 よそ者

 翌日。


 僕は、その人物がいるという教室、二年六組へと足を運んだ。


 昼休みという時間を利用して、その彼が、外へ出たタイミングで、一気に詰め寄る

作戦だ。


 入口へとたどり着いたところで、僕は張り込みを始める。


 集団で教室から出る男子たちの行軍が、開けっぱなしにした教室のドアの隙間か

ら、その人物を覗く。


 昨日、桃井さんに口頭で教えられた情報と、今見えているクラスメートたちの特徴

を照合してみるも、なかなか該当する人物が見当たらない。


 というのも、彼女は、…何というか、大雑把だ。だって、情報にしたって、『元気

がなさそうな日焼けした運動部員』って、なかなか難しくないか。


 うちの中学校は、ほとんどの人間が部活動に所属しているらしく、40人前後の1

クラスで所属していない人間は、たった3人ほどと言われている。僕も、数少ないそ

の人間なのだが、まあそれは今どうでもいいことで。


 とにかく、桃井さんの情報はアバウトだ。日焼けしている生徒、と言えば、グラウ

ンドで活動する部活動、野球部とか、陸上部とか、テニス部とか、サッカー部と

か…。なおかつ元気がない人間、…ていうか、なんなんだ。その、元気がない、って

のは。


 「無理だ…」


 漠然とした情報に、昼休みは徐々に削減されていく。昼ご飯を食べる時間は、果た

して残っているだろうか。先に食べてくればよかったな。


 教室を出入りする生徒たちが、ソワソワと落ち着かない心持ちの僕を、怪訝そうに

一瞥してすれ違う。ぼそぼそと、音だけが聞こえて、内容の分からない声が、僕の胸

中を不安にさせる。


 今日のところは、引き返そう。


 僕は、なんだか恥ずかしくなり、バカバカしくなって、その場を後にしようと歩き

始めた。


 今日一日の記憶を消したい気分だ。


 まあでも、どうせ自分勝手な僕は…、自分が一番大切な僕自身の顔を見て思い出す

んだろうけど。


 人の醜さを、鏡に映し出す。やはりこの『チカラ』は、邪魔…。


 「ねえ」


 どうせ、本人を見つけたところで、昔と同じように…。もっと言えば、『あの子』

みたいに…。


 「ちょっと」


 ごめん、桃井さん。僕にはやっぱり無理だ。こうして自分の恥ずかしさのために、

逃げ出そうとしている。


 「ねえってば。…おーい」


 ガッカリするかもしれないけど、これが、僕なんだ。


 「ぐっ!?」


 外部から引っ張られるような感覚により、自分の殻に閉じこもった意識は、外へと

引き離された。


 「返事くらいしなさいよ! よそ者!」


 つやのある真っ黒とした髪に、きりっとした目つきの女子が、僕の制服を力任せに

引っ張っていることに、数秒経ってから気付いた。


 「あ、ええと…。はい!」


 心臓がどきどきとしていた。決して、この花の高い美形の女子に一目ぼれしたと

か、そういうことではなくて、女子に初めて、暴力のような行為をされたことに戸惑

いを隠せなかっただけだ。


 「あんた、さっきから何してんのよ?」


 歯に衣着せぬ物言いで詰問する黒髪女。


 「あのー、ですね、そのー…、張り込みをしてて…」


 困惑から抜け出せない僕は、しどろもどろで言葉を何とか繋げて説明する。


 「なんか、日焼けしてる男子で、お調子者のようだけど、最近、妙に元気がなさそ

うだってのを…」


 こんな説明で、伝わるわけがない。変人扱いされるに決まっている。というか、も

うされてるかも。


 僕は、絶望しながら、精一杯繋いだ言葉を、絶った。


 すると、奇跡が起こった。


 「ちょっと、ついてきてくんない?」


 と、彼女は僕に提案した。


 「唯葉ちゃん?」


 僕だけでなく、隣にいた連れも驚いていた。


 そして僕は、言われるがまま、前を歩く彼女について行くことにした。




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