第15話 変態は剣よりも強し by天使

「お、丁度いいところに。おーい武蔵ー」


 食堂から帰って来た武蔵むさしに向かって手を上げると、彼女はピンと伸びた綺麗な姿勢のまま、こちらに近づいてくる。何故か腰には木刀がぶら下げられており、若干だが血がついているような気がするが気にしないことにした。


「どうした主人公ヒーロー?」

「ちょっとこいつをどうにかしてくれ」


 そう言って俺が天使フェリスを指さすと、武蔵むさしは心底嫌そうな顔をして背中を向ける。その反応が以外で、思わず首を傾げてしまう。


 武蔵の木刀で成敗してもらおうと思ったのに、どうしたんだ?


「そう言えば昼休みは道場で鍛錬をしなければいけないのだった」


 そう言いつつその場から逃げ出そうとしているようだが、それ以上に早く、まるで草原のハンターのように素早い動きで武蔵に飛びかかる猛獣へんたいがいた。


「むっさしさーん。相変わらずなぁんて柔らかくて大きなおっぱいですのー!」

「うひゃぁ!」

「あぁ、なんて可愛らしいお・こ・え。普段は凛として他者を寄せ付けない武蔵さんからこんな声が聴けるなんてワタクシはもう、もう……あぁぁ! もう耐えられませんわ! うえっへっへ。ここか? ここがええんか姉ちゃんよぉ?」


 まるでエロ本に出てくる親父のようにイヤラシイ手つきで武蔵の豊満な胸を揉む天使フェリス。ただの変態である。


 天使フェリスもかなりの美少女なのだが、何故か美少女同士の絡み合いに見えないから不思議だ。


「あ、んん! ちょ、止め、止めろ。ん、あ、あぁ……」

「ん? 嫌や嫌やと言いつつ体は正直やのぉ。ほれ、ほれ、ほれ」

「んん!」


 普段の武蔵からは考えられない、艶っぽい声に周囲の男子がちょっと前屈みになる。


 凶悪な武器に惑わされがちだが、元々見た目だけで言えば唯一神ゆいかにも匹敵するくらいの美少女だ。そんな武蔵が今や変態に好き放題されている。普段とのギャップに心臓のバクバクが止まらない。


「あわ……あわわわわ!」

 

 そして俺の横で唯一神ゆいかが自分の両手で目を覆っているが、指と指の隙間から見ているのがバレバレだった。ちょっと興味はあるようだ。


「おっほー。なんちゅースベスベで張りのある太腿! 流石に鍛えてるだけある最高じゃー」

「こ、こら! スカートに手を入れるな! 太腿触るなぁ!」


 ひたすら凌辱され続ける武蔵むさし。よほど巧みな愛撫なのだろう。必死な抵抗も虚しく、ただただ天使フェリスによってされるがままとなっていた。


 大切なクラスメイトが襲われているのだ。助けようと男子達が立ち上がる。


「ほぉら」

「ぁぁんっ!」

「「おっふ」」


 しかし、俺達男子は天使フェリスの巧妙な罠に掛けられ、すぐに膝を着くことになった。


 掌を下半身に添え、出来る限り周囲に見えないように置く。これで俺達は立つことはおろか、片手を封じられたことになる。


「クソッ! 俺達はなんて無力なんだ!」

「ぬふふ……さぁて、メインディッシュですわぁ」


 無力感を嚙み締めている俺達をあざ笑うかのように、天使フェリスはゆっくりと武蔵のスカートの中に手を這わせる。


 クラスメイトが苦しんでいるというのに、俺達は何も出来ない。せめて、この光景を目に焼き付けて、悔しさを忘れないようにしなければ!


「うえっへっへ……おパンツ、行きますわよぉ」

「こ……の……いい加減に、しろぉ!」


 一瞬の隙。天使フェリスが武蔵の下着に触れた瞬間、ほんのコンマ一秒にも満たない時間だが、確かに天使フェリスの指が武蔵の肌から離れた。


 武蔵むさしにとってはそれだけで十分。長いポニーテールを振り抜き、腰に差した木刀を天使フェリスに向かって突き出した。


 決まった。誰もがそう思った瞬間、天使フェリスの瞳がキラリと輝く。


「甘い!」

「――なっ!」


 天使へんたいは完璧に捉えられたと思われる武蔵の突きを、わずかに腰を捻ることで躱してみせた。


唯一神ゆいかさん、武蔵むさしさんと二人続けてイヤラシイ事をした今のわたくしの戦闘へんたい能力は通常の十倍! 如何いかに武蔵さんといえど今のワタクシを止めるなど不可能ですわ!」

「くっ……何と言う理不尽。これだから変態というやつはタチが悪い!」


 そういえば、不可思議光線ふかしぎこうせんも武蔵の突きを受けて無傷だったな。普通なら病院送りな筈の一撃だったにも関わらず、だ。武蔵の憤りも当然だろう。


「さあ! さあ! さあさあさあ! 諦めて快楽に身を委ねなさい! 最高の楽園へと連れて行ってあげますわ!」

「おのれ……変態め! 成敗してくれる!」

 

 両手をワキワキと変態の構えを取る天使フェリスと、木刀を両手に正眼の構えを取る武蔵。普通の昼休みだった筈が、何故か戦国時代の戦場を思い起こさせる、ピリピリとした空気が張り詰めていた。


 そんな空気を打ち破るかのように、一人の少女が立ち上がる。


「む、むさしー! 頑張れー!」

唯一神ゆいか……」


 唯一神ゆいかが武蔵に向けてエールを送る。彼女の純粋な応援は力に変わるだろう。心なしか、険しかった武蔵の瞳が柔らかくなった気がする。行くなら今しかない!


「武蔵! そんな変態に負けるな! お前なら勝てる!」


 俺も唯一神ゆいかに追従するように立ち上がり、武蔵に声をかける。それと同時に、周囲で蹲っている男子達に目くばせをした。するとどうだろう。彼等は俺の思惑を正確に把握し、一斉に立ち上がるではないか。


「そうだ! 君の筋肉ならどんな悪漢でも倒す事が可能だ! 信じろ! 自分の筋肉を信じるんだ!」

「イエス・ロリータ・ゴー・武蔵! イエス・ロリータ・ゴー・武蔵!」

「デュフフフフ。我を倒したお主が我以外に負けるなど許さんぞ」

「行け武蔵。お前なら新しい伝説レジェンドを作れるはずだ!」

 

 俺の言葉に便乗するように、クラスの男子達が一斉に武蔵を応援し始める。みんな必死だ。それはもう心の籠った、本気の応援だ。


「「む・さ・し! む・さ・し! む・さ・し!」」

「お前達……」


 武蔵が俺達を見渡して、感動したように涙ぐむ。ついでに唯一神ゆいかもなんか感動したらしく本気で涙を流していた。


 ――いいクラスだ。このクラスはいいクラスだ。


 何度も何度もそう呟く唯一神ゆいかに、ちょっとだけ罪悪感が湧く。俺はこの応援の真の意味を理解しているから。


「あらあら……これじゃあまるでわたくしが悪者みたいではありませんか。全く、酷いクラスメイトですわね。そんな応援したところで、無駄ですのに」

「……ふ。そうだな」


 まるで諦めたような声色。そんな武蔵を少しでも奮い立たせようと、俺達はさらに声を張る。


「「む・さ・し! む・さ・し! む・さ・し!」」

「例えどんなに私を応援したところで、先ほどの痴態を見た男子は全員記憶を消すまで殴打する。この事に変わりはしない!」

「「……………………」」


 シーン。そんな先ほどまで騒がしかった男子の声が一瞬で止まる。先ほどまでの青春の一幕のような必死の応援は欠片も見当たらない。全員が絶望に顔を真っ青にして崩れ落ちていた。


 それはそうだろう。俺達がこんなにも一生懸命応援していた理由のほとんどが、武蔵の艶姿を見てしまった事に対して許しを請う為だったのだから。


「……あれ?」


 唯一神ゆいかの疑問の声が響くくらい教室は静寂に満ちていた。


「だが、貴様という変態を倒す力を貰ったのも事実だ。だからな、少しくらい手加減してやることにした」


 ふっ、と微笑みながら肩に木刀を担ぎ、格好良く言い切る。そのあまりの男前さに俺は自分が男だと言う事を忘れてキュンときてしまった。そして、それはどうやら俺だけではなかったらしい。


「姉御ぉ……」


 絶望に沈んでいた顔を上げて、一人、一人と再び立ち上がる。


「「あ・ね・ご! あ・ね・ご! あ・ね・ご! あ・ね・ご! あ・ね・ご! 」」

「……姉御は止めろ。恥ずかしい」


 そう言って顔を背けるその背中は、この学校の誰よりも力強かった。今の彼女ならどんな相手も負けはしないだろう。武蔵は手に持つ木刀の切っ先を天使フェリスへと向ける。


「さあ、決着といこうか天使フェリス。貴様を真っ当な道へと正してやる」

「……くっ」


 その気迫は戦闘へんたい能力が十倍になった天使フェリスすら圧倒していて、これまで余裕の笑みを浮かべていた彼女が初めて一歩後退る。


 決着の時が近い。このクラスの誰もがそう思った時、まさかの展開が巻き起こる。

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