第73話 大工さんのスカウト


 翌朝、あちこち行く用事があるからと、宿にりーぜとミミルを残し圭は一人で街に出た。

 2人には露店で適当に朝食を済ますように言ってある。

 いつものようにブラウン服店に寄った圭は、メリッサに相談していた。


「なんか今日はね、魔力を大量に使いそうな気がしてさ。

納品を待ってもらいたいんだ」


「それは構いませんよ、ブラのストックも大分ありますし。

欲をいえば昨日のパンツをもっと大量に欲しいところですけど。

なにか事情があるようですし。

明日からまた普通に卸してもらえるならそれで大丈夫です。

正直なところ売れ行きもだいぶ落ち着いてきてまして。

新たに売れるとしても動物パンツぐらいでしょうから」


「そう言ってもらえると助かるよ」


 話を終えた圭は次にフェルミ商会へと向かった。

 圭が店に入ると会頭のマーク・フェルミが出迎える。


「これはこれはブルーレットさん、当商会にお越し頂き光栄の極みでございます」


「ああ、久しぶりだね」


「驚きましたよ、まさか荷馬車をお買い上げになられたお方が、この領地の領主になられるなんて。

しかも侯爵になられたとか、これからもご贔屓にお願い致します」


 ちゃんと警備隊が噂を広めていたらしい。

 ブルーレットが領主様や侯爵様と呼ばれることを嫌う質の者だと。


「そういえばフェルミさんて、ドレイクがやってた悪事、知ってたの?」


「ええ、当然知っておりましたとも。

商売敵ですからね、真っ当な商売を生業にしてるこちらからしたら、ブルーレットさんに解決して頂いて清々しておりますよ」


「そうか、それはよかった。

これからも真面目に頼むよ」


「ええ、もちろんですとも、それで今日はどういった御用で」


「建築金物って扱ってる? 蝶番とか釘とか」


「扱っておりますよ、こちらのほうでございます」


 フェルミに案内された圭は店の奥にある倉庫のような場所で品物を見せられた。


「あまり売れるものではないので品数もそんなにありませんが。

これ以外のものとなると、王都にでも行って仕入れないと手に入りません」


 見せてもらったのは数点の建築金物、とても家40件分には足りない。


「こういう金物ってどこで生産してるかわかる?」


「そうですね、一番鉄の生産で有名なのは王都の東側にあるシルベルト領ですかね。

上位の土魔法使いが沢山いて、鉄鉱石も豊富に採れる場所らしいですよ」


「もしかしてだけど、鉄の精製って土魔法でやるの?」


「そうですけど、魔法以外に精製する方法があるのですか」


 見落としていた、金属が採取される鉱石はいわゆる石なのだ。

 それは土魔法の範疇で当たり前じゃないか。

 どうして気が付かなかったんだろうか。


「鉄ってこの領地でも取れたりするの?」


「取れなくはないですが、鉄鉱石を探すくらいなら、鉄製品を買い付けたほうが早いですよ。

そう言えば昔聞いたことがあるのですが、上位のさらに上の魔導士なら、だたの土から鉄を作れると。

でも魔導士なんてこの大陸で100年に1人生まれるかどうかの幻の存在です」


「なるほど、有益な情報をありがとう。

それともう一つ、領主の屋敷にもあったんだけどさ、ガラスって手に入る?

普及率が低そうだから、値段も高いんじゃないかって思ってるんだけど」


「確かに高いですね、鉄製品と同じで上位の土魔法使いがいないと出来ませんから。

おまけに鉄と違ってすぐ割れるので、輸送にかかる費用が高くつきます。

貴族のお屋敷とかでないと、なかなかお目にかかれません」


 まさかの2段オチだった、ガラスですら魔法で作られていたとは。

 土魔法、地味なのに万能すぎるだろ。


「いろいろと教えてくれでありがとう。

この金物、何点かサンプルに買っていくよ。

あとはガラス製品なんでもいから売ってないかな。

それも買いたい。

正直に話すとさ、今エッサシ村で家を建てまくっててね。

それに併せて日用品だとか色々必要になってくるんだよね。

魔法で簡単に作れるものならいいんだけど、それ以外の物はさすがに買わなきゃいけないから。

そのうち注文しに来るよ」


「はい、お待ちしておりますブルーレットさん」


 金物とガラス瓶を買い、清算を済ませた圭は次に警備隊本部へと赴いた。



「ブルーレットさん、おはようございます」


「おはようロッカ。

街のことで知りたいことがあってさ、この街に大工ってどのぐらいいるの?」


「大工ですか? 何人かは知っていますが、全部となると把握していませんよ」


「それでも構わない、大工と話しがしたくてね、誰か知り合いでもいいからいないかな」


「それでしたら、ぱっと思いつくのはニケルさんですかね。

大工と言うよりは万事屋とか便利屋に近いですが大工仕事も請け負ってる人です」


「案内頼める?」


「はい、朝のこの時間ならまだ家に居るでしょうから、行きましょうか」


 そしてたどり着いたのは見慣れた貧民街の一角。


「世間てなんでこんなに狭いんだろうかね」


 ドアの前で圭は、運命ってのは時として面白いいたずらをするんだなと、笑ってしまった。

 ドアをノックするロッカ。


「ニケルさん、おはようございます、ロッカです」


 ドア越しにロッカが挨拶すると、出てきたのはニケルの奥さんだった。


「あらあら、ロッカさんにブルーレットさん、おはようございます。

主人に会いに来たのかしら? 中へどうぞ」


「ブルーレットさんすでにお知り合いだったのですか?」


「うん、リーゼと一緒にご飯も食べたし、この家に泊まったりもした」


「え?」


 ロッカが驚いたのもそうだが、圭もまた驚いていた。

 寝床を借りておきながら、その主人の名前を知らなかったなんて。


 リーゼは『ノームさんの旦那さん』と言っていた。

 ノームは『主人』と言っていた。

 ニケル本人も『ノームの夫です』と名前を言わずに圭に自己紹介していた。

 だから圭も『旦那さん』と呼んでいたのだ。


 ノームもまた初対面では名乗るのを忘れていたので、実は似た者夫婦なのかもしれない。


 家の中に入ると、ニケルは朝食を食べていた。


「お食事中すみません、ブルーレットさんがニケルさんとお話したい申されまして、お連しました」


「いや、べつにかまわないですよ、それに今日は仕事も特に入ってないしね。

出かける予定もないし、どうぞかけて下さい」


 テーブルをはさんで椅子に座る圭とロッカ。


「いや、お世話になっておきながら、名前知らなかったなんてね。

旦那さんはニケルさんて名前だったんだね」


「あれ? 名前教えてませんでしたかね、これはこれは失敬。

どこに行ってもノームの主人で通ってるもんで、名乗り遅れることが多くて。

それでブルーレットさん、お話とは一体」


「ニケルさんは大工仕事が出来るって聞いてきたんだけど」


「ええ、出来ますよ、本業は庭師ですけど、仕事が無くて何でもやってます」


「実は大工仕事を頼みたくてね、今とある村で家を作ってるんだけさ。

仕上げの大工作業をやってくれる人を探してるんだ。

欲を言えば大工として移住もしてもらえたら、もっと嬉しいんだけど」


「移住ですか! これはまた唐突ですね」


「あらあら、主人が行くなら私はどこへでも行きますよ」


「それでどこの村ですか?」


「エッサシ村」

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