第36話 2枚売れました


 翌朝、圭の右腕を枕にして、体にピッタリとくっついて眠るリーゼを見る。

 その頭をやさしく撫でると、もぞもぞと頭を摺り寄せてくる。


 なにこの可愛い生き物!

 世の娘を持つお父さんはみんな、こんな幸せを味わっていたのか!(お父さん全てがそうではありません)

 ウチの娘だって世界一可愛いんだぞ!(注・娘ではありません)

 嫁になんか出さないからな!(注・だから娘ではありません)

 おおリーゼ、お父さんて呼んでいいんだぞ。(圭の思い込みです)


 保護者になると決めてから、なぜか圭の中では『リーゼを全力で愛でるお父さん』のスイッチが入ってしまった。

 それは童貞故の悲しい危機回避能力が、リーゼの想いを勘違いだと決め付けた結果だった。


 そう、これが、誰も傷つかない最良の選択なのだ。(圭の中では)


 やがて目を覚ますリーゼ。


「んんっ、おはようブルーレット」


「おはようリーゼ、今日もすこぶる可愛いな」


「えへへへ、なんか照れるね、ありがと」


 会話こそ成立しているが、あの宿での圭の言った言葉の意味。

 2人の解釈が微妙にズレているのお互い気付いていない。

 リーゼは伴侶として添い遂げることを認めてもらえたと思い。

 圭は助けたことの責任としてリーゼの面倒をみること合意した思い。


 2人がその違いに気付くのはいつなのだろうか。


 

 村なので圭はいつもどおり、魔族のままの格好。

 リーゼは荷馬車から引っ張り出した、ブラウン服屋で買った旅服に着替えていた。

 茶皮のハーフブーツ、黒のスキニーパンツにスカート。

 白のブラウスと紺のベストの上に羽織るのは、フード付きの前留めケープ。

 街娘や貴族の娘が、アウトドア的な用途で着る組み合わせで、よく見かける旅服だった。


 圭から旅に着いて行く許可がおりたリーゼ。

 これからはこの旅服が普段着になるのだろう。


 村長や、村の住民と合流し、広場で荷馬車の荷物をみんなで降ろす。


「それにしてもすごい量ですね、これでこの冬は皆豊かに過ごせますよ」


 買った物は、安い防寒衣類や布製品。裁縫用具の補充品。

 鍋やフライパンから包丁までの日用品。

 蝋燭や石鹸などの消耗品。塩や胡椒などの大量の調味料。


「すごいでしょ、金貨1枚以上したんだよ」


「なななんと! そんなに頼んだ覚えはないのですが!」


「だって、村長の希望控え目なんだもん、だから私が必要だと思うもの、どっさり買ってきた。

村のみんなで使うんだからね、多いほうがいいでしょ」


「そうだよ村長さん、せっかくなんだから、もっと移住者が増えるような豊かな村にしないと」


 圭とリーゼに押されて村長もしぶしぶ納得する。

 本当は『贅沢がすぎます』と反論したかったのだが、村の発展の為といわれたら、村長として何も反論できなくなる。


「本当に何から何まで、お世話になりっぱなしで、なんとお礼をしたらいか」


「お礼なんていいよ、もし本当にお礼がしたいんだったら。

いつか旅の後にこの村に帰って来たときに、みんなが元気で、豊かになって、もっと発展してる。

そんな村を見せてよ」


「ははははは、ブルーレットさんにはかないませんね。

わかりました、約束しましょう、誰もが羨む立派な村にしてみせます」


「それと、この村にとっては申し訳ないけど、リーゼを貰っていく」


「えへへへへ」


「な、なんと! リーゼ、それは本当なのか」


「うん、ブルーレットと一緒に旅をする、もう決めたから」


「そうか、あの話は本気だったのだな」


 村長の言うあの話とは、いつかの夜にリーゼが村長に相談した話しだ。

 村を出てこの魔族と旅をしたいと。


「ブルーレットさん、田舎娘ですが、亡き兄のかわりにどうかこの娘をよろしくお願い致します」


「うん、頼まれた」


 そんなやりとりを聞きながらリーゼは圭の腕に抱きつく。


「旅が終わったらね、私ブルーレットのお嫁さんになるから」


「ほおー、2人はもうすでにそんな関係ですか」


「お嫁さんか、それは楽しみだ」


 圭の言う楽しみとは「大きくなったらお父さんと結婚する」という娘に対するものだった。

 もちろんリーゼは本気なのだが。


「一緒に温泉も入ったし、一緒のベッドでも寝たもん!」


「ほうほう、若いってのはいいですなぁ」


 パパと一緒のお風呂自慢ですね、よくできた娘だ、お父さん嬉しいよ。

 そのうち「パパの枕臭い!もう一緒に寝たくない!」とか言い出さないよな。

 なんて圭が思ってるとは、ここにいる全員知るよしもない。


「旅といえば、ブルーレットさんの旅服、出来てますよ」


「マジ?」


「ええ、私の家においてあります、行きましょうか」



 そして村長の家。


「おおー、凄いな、ピッタリだよ、オーダーした通りの物だ!」


「喜んでもらえてなによりです」


「うん、ブルーレット似合うよ、かっこいい!」


 魔族の足に靴は履けない、大きな3本爪の爬虫類系の足だからだ。

 そんな足元をすっぽり隠すラッパ型の黒いズボン。

 そして牛皮を使ったフード付きのロングコート。

 上から腰までの部分が皮で、裏地の生地が腰から下の足元の部分に繋がっている2段式のロングコートだ。

 皮なので雨でも弾く。旅にぴったりのコートと言える。

 そしてなによりも便利なのが、牛皮で作ったグローブ。

 これで魔族の手を隠せるし、その手を自由に使える。

 首元には別パーツでネックウォーマーのような顔下半分を隠す布。

 これにフードを被ると目だけが少し見える程度で。顔はほとんど魔族とわからない。


 シーツを被っているときは視界が悪かったが、これならよく見える。


「ありがとう、これで魔族とバレずに旅ができるよ」


「気に入ってもらえて良かったです」


「そうだ、狼の毛皮なんだけどさ、あと2枚、買い手がついたよ。

今6枚あるでしょ、2枚売ったら残り4枚だけど3枚貰っていい?」


「いいもなにも毛皮はブルーレットさんのものですよ!

全部お持ちになってください」


「いや、1枚は村において置くよ、いざという時になったら売ってお金に変えてね。

街にブラウン服店て店があるんだけどさ。そこなら買い取ってくれるから。

ブルーレットの紹介だって言えばわかるようにしておくから」


「そうですか、では有り難く1枚頂戴いたします」


「今から街に2枚売りに行ってくるから、帰るのは夜になる。

リーゼ、明日には旅に出発しようか。

毛皮3枚と、それからリーゼが必要なもの、荷馬車に積んでおいてくれ」


「うんわかった、準備しておくね」


「村長さん、夜に戻ってきたら少し話そうか、時間ある?」


「ええ、私はいつでも大丈夫ですよ。夜ですねわかりました」

 

「それじゃまた夜に」



 リーゼは家に戻り旅の支度に。

 圭は毛皮2枚を大風呂敷に包み背中に背負って、街に向けて走り出した。


「やっぱりシーツの時より断然走りやすいな、この服最高だ」


 軽快な足取りで3時間、街に着いた圭はブラウン服店に顔を出した。


「いらっしゃいませ」


「やあ、約束通り一角狼の毛皮、持ってきたよ」


「え? もしかしてブルーレット様ですか?」


「うん、あ、そうか、服着てるからわからなかったか」


「はい、まったく別人に見えましたよ」


「それでこれが一角狼の毛皮2枚、確認してくれる?」


「かしこまりました、お預かりいたします」


 カウンターにドンと置いた大風呂敷。

 解いて広げるとフカフカの毛皮がカウンター周りを埋め尽くした。


「これは凄いですね、なめしもきちんとしていますし。

なにより皮に傷痕がない。

本当にこれを金貨60枚でお譲りいただけるのですか?」


「ここまできて売らないって言ったらどうなる?」


「そうですね、私とメリッサ2人で毎晩枕元に立ちますよ」


「はははははは! なにそれマジ怖い!」


「ちょとオーナー、私を殺さないでよ!」


「大丈夫、ちゃんと売るから、2人で首吊ったりしないでね」


「それでは約束の金貨60枚、お受け取りください」


 オーナーから手渡しされた金貨の入った袋。

 中を開けて確認する圭。

 グローブが指と爪にフィットしてて、程よく柔らかい。

 金貨を数えるのも苦にならない程の使い心地。

 ほんと、村の人はいい仕事してくれたよ。


「金貨60枚、確かに貰った、これで取引成立だね」


「はい、ありがとうございます」


「あ、ちょっと相談あるんだけど、この金貨を銀貨に両替できる?」


「銀貨ですか、今ある分ですと、100枚くらいなので、金貨3枚と銀貨90枚なら可能です」


「ああ、よかった、金貨3枚の両替お願いするよ」


「わかりました、少しお待ちください」


 オーナーはカウンター裏にある扉から、店の奥へと入っていった。

 ほどなくしてオーナーが銀貨の入った袋を抱えて出てきた。


「こちらになります、ご確認ください」


「それじゃコッチは金貨3枚ね」


 交換し、銀貨を数えた圭は、きっちり90枚を確認した。


「確かに、90枚だね、手間とらせたね、両替ありがと」


「いえいえ、こちらこそ、毛皮の取引、当店を選んでいただき、ありがとうございました」


「あそうだ、俺の知り合いにこの店紹介しておいたからさ。

もし毛皮を売りたいって言って来たら、金貨30枚で買ってあげてね」


「ブルーレット様のお知り合いの方ですか、今は資金がないので買取はしたいのですが」


「いやいや、すぐの話じゃなくてね、来年とかそれ以降の話さ。

もしかしたら売りに来るかもしれないってだけで、絶対じゃないから」


「そうですか、それなら、買取も大丈夫です。もしお越しいただけたら買い取らせていただきます」


「うん、その時はお願いね」


 店を出る前にメリッサにパンツの追加を懇願されたが『来れたら持ってくる』と、日本人式の曖昧な返事だけ残して圭は店を去った。


 街を出る前に、露店で食料を売ってる店の前を通った時に、豚の丸焼きが吊るされてるのに目がとまった。


「肉か、お土産に買ってくか、村に居れる最後の夜だしな」


 豚1頭丸ごとで銀貨2枚、大風呂敷に丸焼きを包んだ圭は、背中に背負って村へと走る。

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