樋口偽善

序章

ふとした時にこう思うことがある。


私は不幸だ。



秀でた才能もなく、容姿や性格も特別褒められたものではない。


友達も少なく、大した趣味や特技もない。


勉強も運動も普通。


褒めようも乏しようもない、扱いに困る存在だ。


実はこういった人間が、最も哀れなのだ。



しかし、心の奥深くまで抉り取られるようなトラウマを抱えているわけではない。


人生の方向性が180度変わってしまうような大事件にも巻き込まれていない。


それなりに恵まれた家庭環境。


少数ではあるものの心を許せる友人。


平凡かつ平坦な人生。


地元の小学校・中学校を出て、そこそこの高校・大学へと進学した。


俗にいう人生のレールとやらにしっかりと沿って生きていると言える。


誰が見ても幸福だというだろう。



しかし、だからこそ辛いのだと思う。


一見幸福に見える不幸な人間は世の中のいたるところに潜んでいる。


このような人間に共通するのは、自分の世界に入り込んで考え“すぎて”しまう点である。


自己の理解を深めるための思考から、考えても仕方がない余計なことまで。


幸福に見える不幸な人間は多くのことを考えている。


そして、自分の心の中にある人一人が入れるくらいの大きさの隙間に入り込み、思考の波に自ら身を任せるのだ。


そうして築き上げられた負の感情がいつしか自分の外側にまで溢れ出てきて、不幸という名の大きな穴を作ってそこに自身を陥れてしまう。


一度そうなってしまったら、その穴から抜け出すのは困難を極める。


そのまま少しずつ腐っていき、何も成し得ず息を引き取るのみだ。


そして今際の際にすらにすらこんなことを考えるのだろう。



「私は不幸だ」




この文章を読んだあなた方の中にもし共感した方がいるとしたら、今すぐこの作品ページを閉じ、このサイト上にごまんとある素晴らしい文学の数々を楽しんでほしい。


もしかするとあなたが落ちた穴をより深めることになるかもしれない。


それでも構わないというあなたは、是非続きを読んだ後に再び自分を見つめなおしてほしい。


あなたの人生観がほんの少しでも快方に向かうきっかけになるかもしれない。


共感できなかったというあなたは、「こんな奴もいるんだなあ」といった具合の他人事で構わないので続けて読んでみてほしい。


そして周囲に思い当たる人物が思い浮かんだら、どうかそっとしておいてやってほしい。


かく言う私はというと、現在も穴の中から狭い空を眺め、小さくため息をついている。


おっと、自伝でもないのに自分語りは禁物だ。失敬。



さて、これからご覧いただくのは、私が綴った一遍の小説。


どこかで腰を落ち着けて、一緒に読んでみませんか。


どうやら私も、あなたの隣で続きを読む必要があるのかもしれない。

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