第47話 最終目的地

 大賢者ジャック・アイリッシュの転移魔法は、私たちを時空の狭間に瞬間移動させた。



 左も右も、そして上下さえ不自由な状態で、恐ろしく驚異的な速度で移動する私たちは、絶叫する間もあたえられずただ流れに身を任せるのみとなっていた。


「わわわわわわ」

「うっぐぐぐぐうぐぐぐ」

 言葉にならない呻きが周囲から聞こえる。


 高速に移動しているというのに、私たちは付かず離れずの距離感を維持しながらぐるぐると時空の狭間を飛んで行く。

 段々と目が慣れてくると、一瞬だけ眼下には街並みが見え、山々が見え、険しい谷が見え、そんな調子で瞬く間に景色は移り変わってゆく。

 なるほど。

 私たちは何かに防護され、包まれながら高速で空を飛んでいるんだ。

 以前、リンファちゃんの背中に乗った時の速さよりもずっと早い。

 これならばいくら広大なこの大陸でも瞬時に移動できるわけだ。

 だけれど感覚的にはけっして気持ちのいい移動方法ではない。

 一瞬で到着するのならまだしも、既に数十秒間の高速飛行を余儀なくされている。私はだんだんと気分が悪くなってきた。

「早く着いて・・・・・・うぐっ」

 胃の奥の方から苦く熱いものがこみ上げるのを感じた。


 それよりも・・・・・・。

 私は大切なことに気が付くのだった。

「・・・・・・着地は・・・・・・どうすればいいの?」


 この速度、そしてこの高さからの生身の着地がいかに危険か。そんなんことは考えなくても分かる。

 そしてこの状況をジャックさんが想定していただろうということも。


「みんな!! 着地に合わせて魔法を地面に繰り出すんだ!!」

 サガンが全員に叫ぶ。

 そうそうこれが正攻法。でも私やタオにはそんな攻撃魔法は使えませんから!

 ・・・防御魔法で壁を作る?

 いや無理でしょ!

 あの丈夫なデススコーピオンでさえもぶつかって失神するほどの壁だ。それを作ったところで、私のか弱くて柔らかい体が耐えられるわけがない!

 ・・・じゃあどうする?

 タオは・・・・・・あ! あの子、何か柔らかそうなクッション(スライム)召喚してる!!

 サガンに助けてもらう?

 いや。それだけはダメだ! 私はこれでも聖女なのよ? いつまでも男の子の世話になるなんて許されるはずが無いじゃない!

 私は私の力で助かるのよ! うん!

 そう意気込んではみたものの解決法は全くというほど浮かばない。

 そうこうしているうちに大都市が眼前に迫ってきた!

 まさかあの大都市がオルテジアン!?

 ヤバい! 着いちゃうじゃない! 


 予想できる着地点はオルテジアンの付近の草原。緑が続く広い原っぱ。

 着地まであと一瞬!

「もうどうにでもなれ!!」

 私は出せる魔力のほとんどを大雑把に地面に放った!


 すると______


 静かなものだった。

 地面に追突することもなく、攻撃魔法の衝撃を感じるわけでもなく、私たち5人は・・・・・・浮いていた。

 ふわふわと、浮いていたのだ。


 ・・・・・・え?・・・・・・なにこれ? どんな状況なの?


「ホノカ、やるではないか! 我ら、宙に浮いておるぞ! 我は人の姿で浮くのは初めてじゃ!」

 リンファちゃんが言う。

「おっかしいで~! さっきわいは強めの風魔法を地面に放ったはずやで。なんでかき消されとるんや?」

「そういえば俺の魔法も発動しなかった、いや、発動はしていたぞ」

「オイラのスライムもいきなり消えちゃったよ」

「まさか・・・・・・」

 私以外の4人の視線が向けられる。

「これ、聖女の力かも。あはははは・・・・・・」

 笑っているのは私だけだった。そんなに引かないで・・・・・・。




 どうやら私の何らかの能力によって、みんなの魔法がかき消されたらしい。

 そうリンファちゃんは言った。


「聖女様のお力じゃぞ。尊いんじゃ!」

 自信気にリンファちゃんが話し出した。

「その秘密はホノカ特有のスキルにあるのじゃ! その名も『崇光の導きアンチ・リード』。あらゆる魔術を無効化する能力じゃ!」

「だからオイラのスラリンも消えちゃったのか? 姉ちゃんすげえ!」

「『栄光の導き』? ジャックさんが言っていた勇者タリウスの能力のことじゃないのか?」

「サガンよ。そうじゃ。かつて魔王を追い詰めた能力じゃぞ。」


 思考が、いや感情が付いていかない。

 私はただがむしゃらに魔力を放っただけだ。つまりは無意識の産物と言っても差し支えない。これも聖女の能力だっていうの?

 完全回復・・・。リンファちゃんの召喚・・・。そして魔法の無効化・・・。

 万能すぎて具合が悪くなってきたわ。てか、さっきの移動酔いが_________


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「だ、大丈夫か?」

「い、いや、触らないでっ! 一人にさせてーーーー」

「なんじゃー、そんな小さなことを気にするな。嘔吐しただけではないか。ホノカ、それよりもこの前なんか我の背中のうえで」

「それは言わないでーーー!!!」


 最悪だ。

 皆の前で戻してしまうだなんて。

 サガンにもはっきり見られた・・・・・・。

 それなのにこの男は優しい。

 ああ死にたい。

 それにリンファちゃん。

 背中の上で粗相をしちゃったこと。

 それだけはどうか忘れてください・・・・・・。



 とにかく私たちは到着したのだ。

 ここが旅の終着点、『軍事国家オルテジアン』。


 ジャックさんが言うところには、ここオルテジアンにグレイシードが住んでいる。

 サガンの故郷を襲い、ジャックさんや勇者タリウスを洗脳した男。そして私を殺した男。

 シベルのギルドで偶然出会った『ヨシダ』と名乗る男もグレイシードに因縁がある様子だった。

 数々の憎しみを生み続ける怪物。グレイシードの目的は何なのだろうか。

 その意図がなんにせよ、私たちに、いや私に課せられた使命はただ一つ。


 私は、グレイシードを



 町の中は物々しい。これが軍事国家か。


 反り立つ防護壁に無数の砲迫が連なり、街角には武装した魔術兵が立つ。

 人々は下ばかり眺めて歩いていた。

 大きな道路には、道いっぱいの車幅を持つ武装車両が通り、轍を作り砂塵を上げた。

 街の痛んだ壁には、富国を謳ったスローガンが来国者を威圧するように貼られている。


 町の雰囲気に縮こまる私たちは、意識的に人通りの多い国立公園の方角に歩いた。

 グレイシードに関する情報を収集するのだ。

 餅は餅屋、情報は情報屋と相場は決まっている。

 ジャックさんから紹介されていた情報屋のドアを叩いた。


 情報屋によると、二日後に国立公園である一大イベントが開催される様だ。



 ______求ム! 国家魔術師

 この国の為に働いてみませんか?

 未経験でも高収入。実力が認められれば爵位も夢じゃない!



「・・・・・・」


 めちゃくちゃ怪しい。


 安っぽいコピーライティングが怪しさを際立たせていた。

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