第46話 旅の扉
宿に戻った私たちに、リールたち三人は「待ちくたびれた」と口を揃えた。
「なんや、お泊りかいな~。隅に置けんなサ・ガ・ン」
「隅ってなんだ? サガンは置物なのか?」
「違うわよ! いろいろあって帰れなかったのよ!」
「そんなことより、我はお土産を待っておったぞ! ホノカ! 土産じゃ!」
いつもの調子に安心する。変な誤解は解くとして、私はジャックさんの指示通りみんなをアイリッシュ邸に連れていくことにした。
途中、お土産を買うときかないリンファちゃんに付き合って、お菓子とお酒を買っていくことにした。
しかし案の上、リンファちゃんとタオはお菓子を食べてしまう。
呆れた私は菓子折りをもう一つ購入するが、それもリンファちゃんとタオの悪ガキコンビに強奪されてしまった。
なんという質の悪さ。ゴブリンなんて目ではない。
途中、サガンと手を繋いだ道を通るとき、お互いは目をそらした。
大切な二人だけの思い出にちゃちゃを入れられては困る。
あれから私たちの間には少しだけよそよそしさが残っていた。
みんなと一緒の時はできるだけ自然でいよう。
そういう事なのかもしれない。
それなら私としても安心だ。
まだ、お付き合いをしているわけではないし、ただ手を繋いだってだけなんだ。
でも二人の時には、少しだけ甘えてみたかったりはするのだ・・・・・・。
そう思っていた私の表情がおかしかったのか、リールからはすぐにバレてしまった。
というか、いろいろと質問されたサガンが簡単に喋ってしまった。
この、鈍感系男子・・・・・バカ!
5人で歩いているとあっという間にアイリッシュ邸に到着した。
「意外と小さな家じゃな! 国家魔術師は儲からない職業なのか?」
家の中まで聞こえる大声で話すリンファちゃんに肝を冷やしつつ、ジャックさんを訪ねる。
「おいおい失礼な嬢ちゃんだな・・・・・・ほう」
出迎えたジャックさんはリンファちゃんの正体に気付いていた。そのあとタオに話しかける。
「リリアスの残した子供ってのはお前か?」
「じいちゃんはもう行っちゃったんだ」
「始めから行っちまってたよ。あいつはな・・・・・・」
彼は遠くを見つめる。
遠い日の青春を、若かりし頃の二人を思い出していたのかもしれない。
ジャックさんは百数十年の人生でたくさんの仲間と時間を共有し、そしてたくさんの別れを受け入れてきた。
人族の寿命よりもあまりに長すぎる彼の人生は、いま、終着点に近づいているのかもしれない。
「世間話をしている暇はねえ。早く入りな」
ジャックさんの部屋には訪問するのはこれで二回目だったが、前よりも明らかに違うところがある。
部屋の中心にあったソファは片づけられ、代わりに大きな魔法陣が飾りの様に描かれている。
どうやらこれが『転移魔法』の入り口のようだった。
「お嬢ちゃん。俺が言ったことを覚えているかい?」
「・・・・・・扉、のことですか?」
「そうだ。扉を開く。だが、それには強力な魔力を必要とするんだよ」
強力な・・・・・・魔力・・・・・・。
きっとジャックさんにはもうほとんど魔力は残されていない。
「本当ならよ。お前ら全員の『扉』を解放してからオルテジアンに送ってあげたかったんだが、いかんせん俺の魔力はほとんど残されちゃいねえ。失われた魔力がもう戻ってこないことも自分で承知しているつもりだ。もう十分魔力には世話になったしな、ここいらが潮時ってやつだ。いや、どっちかと言うと年貢の納め時だな」
ジャックさんは、お土産に渡したお酒をゆっくりと口に含む。
「一度しか言わねえ。よく聞け。今からお前ら5人は魔法陣の中で念じろ。なりたい自分を強く念じろ。余計なことは忘れてとにかく念じろ」
なりたい自分。グレイシードに対抗できる強い自分。私たちは強くなるのよ!
「魔法陣はオルテジアンに繋がっている。覚悟しろよ。お前らの『扉』と転移魔法の『扉』は同時に開く。すかさず飛び込め。取り残されたら帰って来れなくなるぞ」
大丈夫。私たちは叶えられる。きっと、きっとみんな一緒なら。
「さあ、早くしろ。俺はもう眠てえんだ。とっとと魔法陣から旅立っちまえ」
そう急かされ、そそくさと魔法陣の中に並び立つ。
・・・・・・なりたい自分。なりたい自分。
じわじわと冷たい魔力が足元から立ち上った。それは温度を上げていく。温かく、陽だまりの様に心地よい。
続けて詠唱が囁かれた。
『彷徨える旅人よ 幽玄なる守り人よ 狭間発ち 彼の地へと向わん』
集約された鋭い魔力が魔法陣の円形に従って丸く円を描き、光の柱が天を衝くほどの衝撃を持って放たれた。
私たちは、ただ動じずに自分自身をイメージし続ける。
そして、一瞬にして私たちは消え去った。
後に残ったのは何もない部屋だった。
足元の魔法陣は既に消え去りそうになっている。
「やれやれだぜ」
床にへたり込んだ俺は重くなった全身を愛おしく思った。
こんなに人の為に本気になれるとはな。疲れちまったぜ、まったくよ。
ピノが駆けて来て、俺の肩を支えた。
俺の重くなった体を支えることなどできるはずもなく、俺たち二人はその場に倒れ込んだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・泣くなピノ」
「だって、ご主人様・・・・・・」
「これが俺が望んだ最高の終わり方なんだぜ」
「分かっています。だけれど・・・・・・わたくし、あの二人が訪ねてきた時から覚悟しなきゃって思っていたのに・・・・・・」
「ああ。最後まで苦労かけちまったな。魔法使いなんてろくな死に方しないってな」
「そんなこと言わないでください・・・・・・わたくしがずっと一緒に居ますから」
俺はピノの小さな頭をなでる。
ピノは体を少し起こし、自分の豊満な胸に俺の顔をうずめた。
「ふふ。最高だぜ・・・・・・」
「ええ。死にたくなくなったって知りませんからね・・・・・・」
耳元でピノのか細い声が聞こえた。
ずっと聞いていられる。そう思わずにはいられなかった。
俺は、初めてピノと会った時のことを思い出した。
『ご紹介で参りました。ピノと申しますわ。どうぞよろしくお願い致します。』
『ご主人様。気安く触らないでくださいまし!』
『ご主人様。この制服、ちょっと過激じゃ・・・』
『ご主人様! またそんなところで寝ちゃってー。風邪ひいても知りませんよ!』
『ご主人様ー。ほら、星がよく見えますよ』
『ご主人様______』
「・・・・・・愛してるぜ。ピノ・・・・・・生まれた甲斐が、あったってもんよ・・・・・・」
偉大な大賢者は息を引き取った。
ロマンチックな言葉を残して。
粗暴な男の見事な最後だった。
ピノは冷たくなっていくご主人さまの顔を、ずっと抱きしめ続けた。
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