第36話 命の代償と

「パーティー名はどうなさいますか?」


 パーティー名?もちろんそんなものは考えていなかった。


「そうやな~『聖女ホノカと仲間たち』でどうや?」

「絶対ヤダ! ふざけないでよね!」

「ドラゴンズ」

「だっさ!!」

「深淵の爪」

「だっさ!!」

「不思議戦隊タオレンジャー」

「却下!!」

「ていうか付けないとダメなんですか?」

「そうですね。ダメだっていうわけじゃありませんが仕事の受注も一括で行えて便利ですし、評判も得やすいので皆さんつけてますよ」

 皆やってるよ。そうと言われると付けた方がいいような気がしてきた。

 でもどうせなら親しみやすくてかっこいいのが・・・。なんて考えていた。


「ひとまず保留で・・・・・・」


 それよりも仕事の受注である。

 私がSランクになっている兼ね合いで、この国の最高ランクの依頼まで受注できるようになっているらしい。

 だけれど、タオはCランクの冒険者。

 無理に厳しい依頼に挑むのでは危険すぎると判断した私たちは、Cランクの依頼を中心にこなし、余裕があればBランクの依頼に手を出そうという計画に落ち着いた。

 パーティーのリーダーはリール。

 普段はふざけているけれど、年長で、なおかつ一番の常識人だという事で任命された。


 依頼書の内容をサガンが熱心に一枚ずつ読んでいた。


 先日、『デススコーピオン』の体内から発見された「赤い鞄」。

 その持ち主の捜索依頼が出ていないか確認していたのだ。


 そして私とサガンはⅭランクの一枚の依頼書に辿り着く。


 依頼文はこうだ


『先日から町の外に出た妻が帰って来ない。

 妻の名はキャシディ。Ⅽランクの冒険者だった。職業は戦士。

 彼女はある魔物の討伐依頼を受注していた。その魔物は『砂モグラ』。難易度はさほど高くないはずだ。

 しかし討伐の途中で何らかのアクシデントがあったのは確かだ。キャシディとパーティーを組んでいた二人(魔術師のロン、僧侶のデプト)は昨日遺体で見つかった。

 危険だと分かっていても止めることができなかった自分を恥じている。

 どうか、妻の遺品を少しでも持ち帰ってほしい。

 当日の妻の服装は、皮の鎧の下に鎖帷子、鉄の剣、皮の鞄。(妻は赤色を好んで身に着けた)

 依頼主:シベリアリス3番街ユイノ通り リスト防具工房 店主リスト 報酬10リル』




 私たちは暫く黙り込んだ。

 恐らくキャシディさんはもうすでに亡くなっている。

 それはリストさんも認識しているようだ。

 だけれど・・・・・・。

 諦めともとれる希望も何も無いこの依頼文を、リストさんは一体どんな気持ちで書いたのだろうか?


 キャシディさんのパーティは三人。推測するに前衛は戦士職のキャシディさんただ一人。

 砂モグラ狩に出掛けたところに、あの『デススコーピオン』から襲われた。

 正直なところ、Ⅽランクの三人パーティーでは太刀打ちできないだろう。

 つまりそういう事だ。



 冒険者の死は珍しいことではない。

 命を落としても遺体が帰ってくること自体が稀である。

 それを理解したうえで人々はパーティを組み、討伐に向かい、ダンジョンに潜る。

 それを生き甲斐にする者もいれば、それが生活の為に必要な者もいる。

 魔物を倒せば貴重な素材を得ることができる。

 それを売れば金になる。

 誰もが生き方に折り合いをつけているのだ。

 自分の本当にやりたいことを仕事にできるわけではない。

 少しでも向いていることをするべきなんだ。




 私たちはユイノ通りのリスト防具工房へ向かった。


 素朴だが立派な外観の防具屋さんだった。

 店先にはよく手入れされた花壇がある。

 そこには北部特有の美しい花たちが咲き、風に静かに揺れる。

 ところどころ雑草が生え始めたそれを見て、私はとても苦しい気持ちになった。


 店内にはいくつもの甲冑などの装備品が並ぶ。

 暗くどんよりと重苦しい店内。

 その時、店主のリストさんが明るい声と共に奥から顔を出した。


「いらっしゃい。何をお探しで?」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 赤い鞄と引き換えにリストさんからギルド証明書を受け取った。

 証明書と引き換えに報酬を得るため、私たちはギルドに向かっていた。


「なんじゃホノカよ。元気がないではないか!」

「・・・・・・」

 知らない人だとは言え、人の死に直面すると考えさせられることは色々とある。


「そっとしておいてやってくれ」

「オイラ、何だかじいちゃんに会いたくなったぞ・・・・・・」


「お主ら。何にも分かっておらぬな! キャシディは冒険者じゃ、戦士じゃ、己の死などとっくに覚悟しておったじゃろう。それなのになんじゃお主らは! くよくよしおって。この中の誰かが死んだ時はどうするつもりじゃ? 立ち直れぬぞ! その時は旅を辞めるのか?」


 この中の誰かが死んだ時?


 そんなの考えたことも無かった。

 だけれど、いつも私たちの戦いはギリギリの連続だった。

 そう。

 いつ、誰が死んでいてもおかしくなかったのだ。


 その覚悟はあったのか? 


 答えはノーだ。

 私は死にたくないし、それ以上に誰も死なせたくはない。

『死』についてこんなに考えたことはなかった。

 自分自身がすでに一度死んでいるのにだ。

 一度殺されてこの世界に転生された私が、もう一度死んでしまったら?


 私は一体どうなってしまうんだろうか。



 ギルドのロビーで報酬の10リルを受け取った。

 10リルでできる事といえば五人が2日間町に滞在することくらい。

 命と引き換えに得た報酬ではないが、リストさんは妻を失った上に、遺留品との引き換えに10リル、いや冒険者ギルドのマージンを考慮するとそれ以上の対価を支払ったことになる。

 殊更、『報酬』という代償の意味を考えずにはいられなかった。


 こうしてこの世界は回っている。


 しかし、こういった仕事が無くなれば冒険者は職を失うのだ。


 冒険者にとって、いや、この世界にとっての最善とは何にあたるのだろう。

 それは、やはり魔物と呼ばれる存在の殲滅以外に無いのだろう。

 世界には常識では語れないほどの強大な力を持つ者が居る。

 それでもこの世界は変わらない。


「トマさん・・・・・・キャシディさん・・・・・」


 失われた命。

 残された人たち。


『この世界から魔物を無くす』。


 それはきっと誰にとっても不可能なことなのだ。






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