第37話 二人の秘密
シベリアリスの町に滞在してから数日が経ち、私たちはこの町の人々とも馴染んできた。
カーテンから日が差し込む前に、眠っているみんなを起こさないようにサガンはトレーニングに向かっている。
「もっと強くなってホノカ達を守るのが俺の役目だ」
そう言うと朝食の前まで走り込みに出掛けるのだった。
頼もしいのだが少し心配になる。
自分のランクがリンファちゃんや私よりも低いことで、無理に気負ってしまわなければいいけど。
聖女である私。
復讐に燃えるサガン。
大丈夫。
サガンは強い。
私なんかよりもずっと。
「ホノカ! 待ちくたびれたぞ! 我を待たせるとは100年早いのだぞっ!」
ロビーへ降りるとリンファちゃんが不機嫌そうに言った。
今日はギルドの依頼はお休み。
リンファちゃんと二人で町の探索に向かう約束だった。
「罰として我に固いパンを馳走するのじゃ!」
「固いパンでいいんだ・・・・・・」
リンファちゃんの容姿は10歳前後の少女である。
実年齢は本人も把握していないらしいのだが、精神年齢も見た目通りであることから、恐らくは未成熟のドラゴンなのだろう。
リンファちゃんは私の胸にある魔法陣から召喚された。
しかし、一般的な召喚獣と違い、術が解除されることがない。
なので、もはやリンファちゃんが召喚獣だってことはみんな忘れているほどだった。
肝心の魔法陣も、私の胸から跡形もなく消え去っていた。
「どういうことなんだろう・・・・・・」
私は疑問に思っていたが、当のリンファちゃん本人は気にも留めていなかった。
「我はこの世界の食べ物が大好きじゃ! すべて味わうまで絶対に帰らんぞ!」
食べ盛りの妹が増えたようでとても嬉しい。
だけど心配事が一つあった。
それはリンファちゃんの人気である。
『Aランクの美少女がいる』
その噂は瞬く間に広まった。
可憐な容姿から彼女とお近づきになりたい男たちが後を絶たないのだ。
リンファちゃんがお年頃の女の子であるのならば何も言うまい。
だけど彼女はまだまだ子供なのだ!
ロリコンどもから守ってあげなければ!
私は意気込んでいた。
(ロリコン?なんで私そんな言葉知ってるんだろ・・・)
町の探索と言っても、衣料品店や、お菓子屋さん、演劇小屋など私たちの興味は娯楽にこそあった。
リンファちゃんの綺麗な青い髪によく似合う髪飾りを見つけた。
「それよりも、ジェラートとやらが食べたいんじゃ~」
そう言っていたけれど、私とお揃いだと言うと納得して身に着けてくれた。
「ホノカ! お主も似合っておるぞ! おそろじゃ!」
姉妹のようにお揃いの髪飾りを付けて肖像画屋に似顔絵を描いてもらった。
満足そうなリンファちゃんを見て私も満足だった。
そのあとも、ジェラートを食べて散歩をした。
「ホノカよ、我には一つ秘密があるのじゃ」
何やら自信ありげにはにかんでいる。
「秘密って?」
「そうかそうか、そんなに気になるか。これは二人だけの秘密じゃぞ!」
そう言うと私の袖を掴んで路地裏まで引っ張っていく。
「え?ちょっと、どうしたのー?」
人通りの無い路地裏に連れて来られた私。
「特別じゃからな。」
リンファちゃんはそう言って一瞬のうちにドラゴンの姿に変化した!
神話のドラゴン『ケツァルコアトル』の、どこか妖艶で美しい姿。
「わ!! こんなところ誰かに見られたらまずいわよ!?」
「大丈夫じゃ! さあ、早く乗れ!」
美しい毛並みの波打つ背中によじ登ってみると、リンファちゃんの血液の温もりと鼓動が全身に伝わった。
「しっかりと掴まっておくんじゃぞ!」
「え。飛ぶの!? 待って!」
私の懇願など耳にも留めず、翼を大きく開き力強く地面を蹴った。
砂埃を巻き上げてドラゴンが飛び立つ。
とてつもない風圧に、我慢ができずに瞳を閉じた。
振り落とされないようにしがみつくのがやっとだった。
暫くして風圧が落ち着いた頃合いを見て、私は瞳をゆっくりと開ける。
眼前にあるのは広い大空と眩い太陽、連なった白い山脈の頂き、限りない涸れた大地だった。
「どうじゃ? 圧巻じゃろう! これがお主の住む世界じゃ!」
「す、すごい・・・・・・」
あまりの壮麗さに私の語彙力は消え去った。
「この世界はこんなにも美しいのじゃ! ホノカよ。ここからでは誰一人見えぬじゃろう? お主が転生したこの世界には、見えないほど小さく数えきれないほどたくさんの者が住んでおるんじゃ」
そう。
私はこの世界のことをまだ知らない。
「使命じゃ? 復讐じゃ? そんなの辞めてしまえ! 悲しみや憎しみに囚われてはならんのじゃ!」
「その為にも私が、私が倒さなければ・・・・・・」
「見えぬ者の為に戦って何になるというのじゃ!」
「でもそれじゃ、被害は増える一方なんじゃないの?」
「ならばサガンはどうなる? あ奴はホノカが使命を全うすることを辞めたとしても、きっとやり遂げるぞ!」
あ、そうか。
私が頑張る必要は無いんだ。
誰かがやってくれるんだ。
心のずっと奥、私の根底を形成する部分に無理やりに張り付いていた何かが、いま剥がれ落ちる音がした。
運命だとか、使命だとか、そんな形の無い思想に私の精神は支配されていたのだ。
それを、この少女の背中は教えてくれたのだ。
「リンファちゃん。ありがとう。もう大丈夫!」
私は私という人物を少しだけ理解することができたのかもしれない。
「そうか! それならば」
「でも!」
私はリンファちゃんの言葉を遮るように続けた。
「私は、聖女よ!」
「仲間たちと、ともにあるわ!」
ふむ。結局はそうなるのじゃな。分かっておったぞ。
さすがは我の主。本当に強い。
だが、お主はお主の思うままに進まなければいけないのじゃよ。
リンファちゃんとの飛行は日が暮れるまで続いた。
「ちょっとリンファちゃん。おしっこ漏れそうだから降りましょう・・・・・・」
「何を言っておる! そこからすれば良いではないか! 聖女の聖水じゃ~!」
「なにを馬鹿なこといってるのよーーーーーーーーーーーーー」
二人だけの秘密がもう一つ増えた。
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