第32話 聖女たる所以
デススコーピオンの襲撃から丸一日たった日の晩、私たちの眼前に夕闇に明るく光る都市が姿を現した。
この都市から北の領土は『シベル共和国』である。
私たちはようやくシベル共和国に踏み込んだのだ。
門番の衛兵はろくに私たちの顔を確認もせずに通してくれた。
平和な証拠だ。
この辺りは魔物も少なく盗賊もめったにいないらしい。
私たちが人殺しの逃亡犯だなんて思いもしないだろう。
久しぶりに触れる文明の温かみに安心感を覚えた。
私たちはまずは宿屋を探すことにした。
もう最後に水浴びをしたのはいつだっけ・・・・・・。
うら若き乙女にとっては地獄の日々であった。
町の名前は『シベリアリス』。
小さくこじんまりとしているが活気のある綺麗な町だ。
衛門をくぐると美味しそうな匂いのする屋台や露店が目に入った。
旅の途中の魔物料理も悪くなかったが、久しぶりにちゃんとした物が食べられると思うと、お腹が鳴った。
宿をとった私たちは夕食を探しに夜の町に繰り出した。
この町にも何軒かの酒場があるようだ。
小さなタオを連れていたためか、最初に寄った二軒の酒場からは入店を拒否されたが、三軒目で当たりを引く。
『パラサイ亭』というこのお店は、太ったオークの親父さんとその娘さんとで営業されていた。
「かわいい嬢ちゃんだね! うちの自慢は『鶏肉の香草焼き』と『葡萄酒』だよ!」
「かわいいですって! お上手ですわ、おじ様!」
「いーからねーちゃん早く注文しよーぜー」
「なんや~麦酒無いんかい麦酒~」
ちゃんとした食用の鶏肉なんて久しぶりだった。
私たちは脇目も振らずにがっついていく。
香草とスパイスの刺激が心地いい。
甘くて吞みやすい葡萄酒はどんどん進む。
最高!
生きてて良かった!
気持ちいい~
あーだめだ眠くなってゆく~
サガンの顔がぼやけて揺れていく。
「も~むり~ごちそうさ・・・・・・ま・・・・・・」
私の意識はそこで途絶えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ホノカの奴、寝てもうたな」
「無理もない。道中一番気を張っていたからな」
タオは店内の水槽に顔を付けて珍しい魚を眺めている。
すー。すー。
「寝息立ててはんな」
「そうだな」
「・・・・・・」
リールと目線がぶつかった。何かを言いたげな顔だ。
「サガン。ホノカの事どう思っとんの?」
「どうって・・・・・・。」
「分かるで。サガン、ホノカの事が好きなんやろ?」
突然何を言い出してるんだ。
リールは面白そうに聞いてきた。
「隠しても無駄やで~お前の顔見てたら一目瞭然や」
指でわき腹をつつかれている。
「そりゃ、仲間としては信頼している」
好き?それがどんな感情なのか俺にはよくわからない。
「まあええわ。これからもじっくり楽しませてもらうで~」
何だか嬉しそうな顔をしている。
俺がホノカの事を好きだとして、どうしてリールが嬉しくなるんだ?
よく分からない。分からないことは考えても無駄だ。
俺はこいつらと冒険できるだけで楽しいんだ。
あれ?
楽しい?
俺はあの魔法使いに復讐するために旅をしているんじゃなかったのか?
旅の目的を見失っていた・・・・・・。
いや、俺が本当にしたいことは復讐なのか?
酒が入っているからな。判断が鈍っているんだ。
「さ、タオ!! そろそろお愛想や~帰るで~」
勘定を支払うとパーティの財布が一気に軽くなった。
「こりゃ、明日から頑張らなあかんな~」
「ホノカ、帰るぞ」肩を軽く揺らしてみた。
「・・・・・・」
「サガン。負ぶっていったれ」
ホノカの体はとても軽く、柑橘系の優しい匂いがした。
宿までの道中、乾いた風が心地よく吹いていた。
ホノカは転生者だ。
この世界とは違う世界から送られてきた。
それがどういう意味を持つのかはよく分からない。
だが、何か『使命』があって転生させられたと考えるのが普通だろう。
サガンはいつか夢の中で聞いた言葉を思い出していた。
『君と彼女は出会う運命にある。この世界とあの世界にとって二人は特別な存在なんだ』
その運命とやらの為にホノカが転生させられたのだとしたら・・・・・・。
その使命を終えたホノカはどうなる?
元の世界に戻ってしまうのか?
サガンは怖くなった。
この背中で静かに眠る少女を失いたくはない。
この感情は、多分、運命とは反対方向にあるのではないだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
「ふわぁぁぁ~」
カーテンから差し込む朝日によって目を覚ましたホノカは、昨晩の記憶をたどった。
どんなに考えても酒場のテーブルからの記憶がない。
でもここは宿屋のベッドの上。
「どうやって帰ったのかしら?」
「そんなことより・・・・・・お腹空いたわ」
熱めのシャワーを浴びながら丹念に歯を磨く。
宿屋のシャワーの剥がれかけた鏡を見て、ホノカははっとする。
「あ、私こんな顔だっけ・・・・・・」
そこには陶器のように白く美しい肌とアーモンド形の澄んだ瞳があった。
「鏡を見るのも久しぶり。冒険者ってみんなそうなのかしら」
鏡を見て思う。
幾度となく戦闘を繰り返してきた。
大きな怪我もなくここまで来れた。
それは私に回復魔法の適性があったことが大きい。
これも『聖女』の力という事なのだろうか。
以前のショートカットも今や胸まで伸びていた。
長い髪の毛は濡れて胸にへばり付いている。
胸元に視線を落とした時、ホノカは違和感に気が付いた。
「・・・・・・何? この模様」
小ぶりだがハリのある美しい二つの胸の、ちょうど谷間にそれはあった。
丸く複雑な模様がくっきりと肌に刻まれている。
「これってまさか・・・・・・魔法陣?」
ホノカが右手でそれに触れると、一瞬それは揺らいで光を放った。
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