第29話 新入生ガルボの恋 ガルボと天使ちゃん

 テレサの悲鳴を聞くこともなく、ガルボの意識は途切れた。


 こんなに早く自身に死が訪れるなど誰が予想できようか。あの場所は戦場ではなかった。


 ただの学内。安全地帯と言っていい場所。それも、彼らはまだ学生の身分。守られるべき存在。



 ガルボは真っ暗な空間に意識を取り戻す。



 あれからどのくらいの時間が経ったのか、はたまた直後なのか、それとも時間の概念などとうに無いのか、それすらも想像に過ぎない。



 あのあとテレサはどうなった?



 意識が途絶えて初めに思ったのは彼女のことである。


 自分は死んだ。


 それ自体は覆しようのない事実。


 例えあの場所に戻ったとしても勝ち目はなかった。



 だが、確かにあの時、フードの男の顔面に打撃を与えて殺した。


 全力を放った。生きているはずは無い。


 右手に残った手ごたえがそう伝えている。



 あの場に居たのは僕とテレサちゃん、テレサちゃんの友達、フードの男、そしてレッドドラゴン。


 僕はフードの男を攻撃後に死んだ。誰かの攻撃を受けて死んだ。


 誰だ?

 

 


 ドラゴンは空中に居たはず。視界の片隅に捉えていた。


 ともすればフードの男を殺し損ねたという事か?



 一般的に召喚術においての術者の死は、術の解除を意味する。


 それを考えれば、フードの男の生存によってレッドドラゴンもまた生存していることになる。


 テレサちゃんたちが無事に逃げおおせたとは考えにくい。



「くそ!くそ!くそ!」


 ガルボは叫んだがどこにも響くことはなかった。


 当然だ、いまのガルボは意識のみ存在する”無”に過ぎないのだから。



 どうしてこんなに僕は弱いんだ!!


 好きな女の子一人を守ることもできずに何が軍人だ!



「......死にたくない」


 彼女を考えるたびに生への執着が湧いて出る。



 だけれどそれでおしまい。


 精神体の自分に一体何ができる?


 首の切れた軟弱な肉体で何ができる?


 無力だ。



 ガルボはひたすら後悔の言葉と恨みを積もらせている。



「テレサちゃん......どうか......どうか無事でいてくれ。


 お願いだ魔神様。どうかテレサちゃんを救ってください!!」


 神頼み。


 それがガルボにできること。


 要するにできることなど何も無いということ。




 !!!!!!!!



 突然辺りに閃光が走る。


 いや閃光というよりは、山々を照らす朝日のような眩しさ。


 毎日の朝練で浴びた暖かくも突き刺すような光。


 眩しさはガルボの無の世界を満たしていく。


 空間は一瞬で本来の姿を現した。




 ......そこは白い部屋だった。


 部屋と表現していいのだろうか、ここは広すぎて壁も無い空間。


 薄靄の掛かる幻想を思わせる。


 しかし、今立っているのはキラキラとした結晶の混ざる白い床だった。


 無機質だが人の手で作られた建築物。



 立っている?


 そう。


 ガルボは失ったはずの全身を取り戻していた。






『あなたは死にました』



 どこからか少女の声を聴いた。


 声のする方に振り返るガルボ。


 そこには少女が一人立っていた。


 金色の髪、白い肌、大きな瞳、人族の娘か。


 初見でそう感じたガルボだったが、女の子の頭上にある”輪”を見つけて思った。



 人族じゃないな? 君はだれ?




『導く者、あの世とこの世を結ぶ者』



 という事は、僕はやっぱり死んだんだね......。



『あなたは死にました。黒の魔人によって』


 え?


 黒の魔人?あのフードの男は魔人だったのか。異常な強さの謎はそれか。



『ガルボ。 あなたは死ぬ運命だった』


 運命? 恋人を残して死ぬ運命だったって事かい? そんなのって......。



『生まれた時から死ぬ運命』


 やはり、この女の子、僕の心を読んで回答しているようだ。


 死ぬために生まれてきたってことかい? そんなの酷すぎるじゃないか!



 ガルボは質問を続けたが、本当に聞きたいことは聞けていなかった。


 それは


 答えを聞くのが怖かった。


 すべてが終わってしまう。そんな気がするから。



『テレサ。生きてる』


 出し抜けに言われたその一言。


 すべての不安と不満が消えた。


 涙が溢れてくる。


 拭おうとも間に合わない。


 大粒のそれは床に染みを作っていた。


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