第22話 新入生ガルボの恋 2
「ここから飛び降りて死んでしまおうか......。」
ガルボは寮の屋上から下を眺めて思った。
テレサはあれ以降朝食の場に姿を現さなくなった。
完全に避けられている。
それもそうだ。
助けた男が変質者で、なおかつ自分を食べようとしたのだからしょうがない。
しかし奇跡のひと時だった。
あんな用水路で僕を見つけてくれるだなんて。
それに医務室まだ送ってくれるだなんて。
大好きな女の子が僕の存在に気付いてくれた。
それだけでよかったのに......。
考えれば考えるほど死にたくなる。
だけど本当に傷ついたのは僕じゃなくてあの娘の方。
もう一度会って、謝りたい。
そしてお礼を言うんだ。助けてくれてありがとうって。
それですべてお終い。
もうあの娘の前には二度と現れまい。そう誓おう。
テレサという少女、僕は彼女の幸せだけをただ願う。
恋に落ちた男はみなストーカー。
ただ意味もなく会いたくて会いたくて震える。
君になりたい、そう思うこともある。
身勝手な欲望で傷つける。
後戻りできなくなるほどに。
ガルボもそう。
深みにはまっていた。
「なあ、アルマ......。」
「どうしたの?こんなところで。みんなは大浴場に行っちゃったよ。」
「アルマってさ、女の子を好きになったことってある?」
「ガルボ、どうしちゃったんだい!?もちろんあるよ。好きな女の子ならたくさんいるけど?」
「前にも話した白鬼族の娘、名前はテレサっていうんだけど。僕、彼女に酷いことをしてしまったんだ。」
「え!いったいどんなことを?」
ガルボは事の顛末をアルマに話してみた。
「なーんだ、そんな事か。よかったじゃない。」
「え?よかったってどういうこと?」
人の気も知らないでアルマはいつも暢気だと、少しいらつく。
「だって、ガルボはその娘の知り合いになれたんだよね?それって進歩だと思うよ!
それに、用水路に落ちてなかったらガルボはテレサちゃんと出会うこともできなかったんだよ?
奇跡だって考えるとなんだかわくわくしてくるじゃない。」
「そんなに楽観的に考えられないよ。彼女は走って逃げるほど僕を恐れていたんだ。」
「鮮烈な印象を与えた。それでいいんじゃないかな。人の気持ちなんて誰にも分らない。
この出会いがいい方向に転ぶかもしれないしね。」
アルマは意外にも打算的な発想をするんだと驚いた。それと同時に僕はなんてちっぽけなんだろう、そう思った。
この出会いがいい方向に。
それはわからない。ただ、下がりきった僕の印象はこれから上がるしかないのでは?
アルマのようにもっと打算的に、まずは彼女に謝ろう。
さっきまでの暗い気持ちはどこかに消えていた。
僕は彼女のことをもっと知りたい。そして僕をもっと知ってほしい!
偶然を装ってテレサに会うには7日間を要した。
「や、やあ。」
「あ、この前の......。」
「きょ、今日はいい天気だね。」
天気の話題は定石だとアルマが言っていた。
「そうかな。曇ってるし少し肌寒い。」
しまった。今日は例年よりも気温の低い日だった。回覧の天気欄がよぎる。
「僕の名前はガルボ。この前は助かったよ。ありがとう。」
なんだこの淡白な言い方は!自分を責める。
「ううん、用水路に倒れてたからびっくりしちゃった。」
テレサは思い出して微笑む。
あれ?怒ってない?
ガルボの世界で鐘の音が鳴った。
その鐘の音に共鳴するように、真っ青にキラキラと輝く海原に美しい魚が跳ねる。
しぶきが虹を作った。
これは100点満点中、300点の微笑み。
ガルボは居てもたってもいられなくなった。
ガルボは真っすぐとテレサを見つめ、腰を折って右手を差し出した。
そして、
「好きです!!!僕と付き合ってください!!!」
「ええっ!!」
やってしまった。
また暴走してしまった。
あんなに反省していたのに。
まだ謝ってもいないのに!
「あ、あの、とても嬉しい。だけど私、君の名前を今日知ったの。それも1分前。
ガルボ君?きみは私の名前も知らないんじゃないのかな?」
動揺を隠せないテレサ。
「テレサちゃんだよね?この前はほんとにごめん!怖がらせちゃって......。」
「ううん、大丈夫だよ。ほら、気絶していた人が変なことを口走っても可笑しいとは思わないよ。
それに、急に帰っちゃって、こちらこそごめんなさい。」
「天使だ。」
無意識のうちにそんなことを口走っていたがテレサには聞こえていなかった。
「名前を知ってくれてるなんて驚き。でも......。まずは友達にならなきゃ。ね?」
照れてる?
テレサの頬が赤らんだ気がした。そんなわけあるはずないけれど。
それから僕たちは友達になった。
すれ違えば冗談を言い合うレベルには。
彼女を知れば知るほど、思いは募る。
だけれど、もうテレサを困らせたくはない。
臆病な恋心はただ膨らむばかりだった。
そんな日常だった。
しかし、ここは恋愛を楽しむような生易しい環境ではなかった。
入学から早半年、訓練の厳しさはだんだんと増し、僕たち『武術専攻第3班』の精神を蝕んでいく。
毎日が戦いの連続。
太っちょのアルマの体脂肪率が一桁になったころ、第3班の関係性も目に見えて変わっていくのだった。
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