第12話 タオとオーガ
アルガリア公国から逃れたサガン一行は北の大地を目指していた。
北の地には大賢者の住む国『シベル共和国』がある。
『シベル共和国』までの道のりは馬で7日、人の足で二月と言われていた。
サガンの老いた馬はアルガリアの馬宿に置き去りのまま。
引取りののない馬はどうなるのか、サガンは知らなかったが、無事でいるだろうか。
ましてや逃亡犯の馬、望みは薄いだろう......。
あれから三日間、俺たち三人は殆ど無言で歩き続けた。
特にリールの憔悴ぶりには気をもんだ。
食事もままならず、睡眠も浅い。
リールにはアルガリアに家族が居る。心配事は尽きないが、様子を伺うこともできない。
俺たちは無力なうえにとても弱かった。
道中、魔物の群れに何度も遭遇した。
戦闘をこなすにつれ、俺たちはだんだんと気力を補っていった。
そして少しづつ経験を積み強くなっていくのを感じていた。
途中何度か小さな町や村に寄ったが、直ぐに金は底をついたので、食事は自分たちで調達することになる。
普通の冒険者ならば口にすることのない魔物を狩っては調理して食べた。
最低限の調理器具と調味料、それからホノカの料理の知識が役立ち、基本的にはなんでも美味しく食べた。
獣系の魔物は特に食べやすく、積極的に狩ることにした。
今日はブラッドハイエナを食べる。
俺とリールの倒したブラッドハイエナは5匹。
まずはホノカの治癒魔法で毒抜きを行う。
殆どの魔物に毒は無いが、念のために解毒を行うのだ。
この時、先に皮を剥いでおき内臓を取り除いておくと解毒が早く済む。
次に部位ごとに切り分ける。
やはり最初は解体の作業が一番の障害だった。
ホノカは悲鳴を上げながら魔物の腹にナイフを突き立て、深く刺しすぎて内臓を傷つけて内容物をぶちまけたりしていた。
いまはもう手慣れたもんだ。
「まっピンクで新鮮なお肉だねっ!
......なんか、白い球が出てきたよ?」
そんなホノカを見て、リールも元気を取り戻していった。
「ホノカ、それハイエナの金玉やでー!」
「キャーーー!」
顔を真っ赤にしたホノカはそれを投げた。
それを投げつけられた俺は思わずキャッチし、リールに投げ返す。
「わわわ!何すんねん!金玉はいらんがなー!」
俺たちは暫くその白い球を弄んで笑いあった。
血抜きと内臓をとった肉は色んな料理に使った。煮たり焼いたり何にでもだ。
その日に食べきれない肉は、薄く切ってホノカお手製の調味料で味付けをする。
そして風魔法で水気を極限まで飛ばす。
そうすると保存食の干し肉の出来上がりだ。
実際干しはしないが、魔法を使えればすぐに完成だ。
他に俺が特に気に入っていたのが、肉を薬草と塩でしばらく漬け込んだ後、炭火で焼く食べ方だ。
両面をしっかり焼いて、ちゃんと中まで火を通して頂くことにしている。
脂が滴るアツアツカリカリの肉を頬張る、甘い肉汁が口いっぱいに広がり薬草の香りが鼻に抜ける。
一瞬で疲れや不安も消え去った。
特に、見た目が豚に似た魔物の肉は脂がうまくていい。
それに、
こいつらと食べるとなおさらいい。
一人で旅をしているときには気付きもしなかった。
飯を食うってのは楽しい事だ。
そんなことをしながら俺たちは北へ進んだ。
ある日、大きな森に差し掛かった。森に入る前に宿営をする。
「この森には大型の魔物が出るらしいねん」
リールは酒場で聞いた話をした。
「あるCランクの冒険者がやられたゆうて、近づきたなかってんけど......しゃあないな......」
あれからたくさんの経験値を積んできた俺たちは、ギルドランクではどのくらいになるのだろう。
「今夜は早めに休もう。ただでさえ森の中は魔物が多い。明日の明るいうちに森を抜ける。」
夜明け前、辺りはまだ暗く静寂に包まれていた。
小さな物音に気付き、俺は目を覚ました。
と、そこには、ホノカの荷物を漁っている人影があった。
俺は狸寝入りをしたままそれをしばらく眺めていた。
それは子供だった。耳長族の少年のようだ。5,6歳といったところか、金色の髪に白い肌、とがった耳、目つきは鋭くって尖っていた。
手慣れた手つきでホノカの鞄を調べていた。
どうやら食べ物を探しているようだ。
こんなところに子供?しかも一人で?
子供は鞄から干し肉の袋を見つけると、一口つまんだ。
暫く咀嚼した後、目を輝かせ、干し肉を袋ごと自分の背中のずた袋に押し込み、音を立てないように、
ゆっくりと森の中へ逃げていく。
そんなに目をキラキラとさせて、さぞかし旨かったのだろう。
まあいい。子供の仕業だ。放っておこう。
普段ならそうするところだ。
だが見逃すわけにはいかない。
それは俺たちの貴重な食料。
しかもホノカ手製のスパイスの効いた旨いやつだ。
俺はゆっくりと寝袋から這い出て、子供をつけることにした。
二人はまだ寝かしておいてやろう。
子供を捕まえて、袋を取り返したらまた寝よう。
それで終わりだ。
こんなところに子供一人でいることなんて知ったことじゃない。
まだ暗い時間に森の中に入るつもりはなかった。
しかししょうがない、万全の注意で進もう。
子供の背中はすぐに見つかった。
俺は住処を見つける為に後を辿った。
森の中はとても静かで、少しだけ不気味だと思った。
途中には小川が流れ、山菜が豊富に茂っている。
森の中に石造りの小さな小屋があるのを俺は発見した。
その小屋に入っていく子供。
小さな小屋は大きな木の根元に寄り添うように作られていた。
木の根は小屋の石壁を半分近く浸食し、蔦は小屋の全体を覆っている。
屋根には煙突が一つ。灰色の煙が細く漏れていた。
小屋には小さな窓があったが、内からも外からも汚れていて中を覗くことはできない。
この暗く静かな森の中で明らかに異質な存在であったが、植物の浸食によりそれはもはや森の一部のように感じられた。
暫くの間、木の影から様子をうかがった。
だんだんと朝日が昇り、木洩れ日で辺りが明るくなり始めた時、突然に獣の咆哮が響き大気を揺さぶる。
「!!!」
なんだ!?そう思ったとき、目の前に巨大な魔物が立っていた。
深い緑色の大きな体躯、俺の体よりも太く硬そうな腕、体中には黒光りする体毛がびっしりと生えていた。
オーガだ!
二足歩行の魔物を相手のにするのは初めての経験だった。
俺は槍を構え、その知性のかけらも感じられない顔面を睨みつけ、魔力を矛先に込めた。
オーガは大ぶりの打撃を放ったが、躱せない速度ではない。
オーガの左腕は地面を揺らした。
またも腕を振り上げたオーガの攻撃も躱し、体勢を整えると同時に矛先で背中を切りつける。
のろい!
背中から赤黒い血液が噴き出す。
再度咆哮を上げたオーガは突進をする。
来い!
その推進力を利用し、一閃。槍はオーガの硬い皮膚を貫き心臓を吹き飛ばした。
返り血を大量に浴びた俺は、顔を拭った。オーガの血は少しだけしょっぱくて生臭い。
目の前に倒れ込んだオーガの体は大きな音を出し、森の中で動物が騒いだ音がした。
リールの言う大型の魔物の正体はこれなのだろうか?
初見は驚きさえしたが、戦ってみるとどうということはない。無傷で倒せてしまった。
きっとリールやホノカでも単独で相手ができる。その程度の強さだろう。
これにCランクがやられた......?。
俺たちが成長したのか?いや驕りは危険だ。
それに、まだほかにいるのかもしれない。
慎重にならなければ。
そう考えていたとき、オーガの死体が一瞬光り、煙のように消えた。
なぜだ!?
魔物を殺しても死体が消えることなど今までなかった。
魔物ではない?いやオーガは昔から存在する魔物。
切りつけた感触も魔物のそれだし、返り血だって......。
無い!!全身に浴びていた返り血が跡形もなく消えている!
だが、オーガが攻撃した地面の後はまだくっきりと残っている!
幻か?夢か?幻術にかかっているのか?
俺は大量の汗をかいた。緊張に震えた。その時、
「お、おい、お前!」
小屋からさっきの子供が顔を出して言った。
「あ、あ、あっち行けよっ!」
耳長族の子供はおびえた様子だった。
「オーガを倒すなんてただものじゃないな!!じいちゃんならいないぞ!!」
じいちゃん?そうかこの子供は一人で暮らしているのではないのだな。
「耳長族の子供。干し肉を返せ。それはお前が勝手に食っていいもんじゃない。」
「やだよー!これはオイラもんだっ!」
べー、と舌を出して言った。憎たらしいガキだ。
「ほう、そうか、おまえもオーガのようになりたい様だな。しょうがない、子供は相手にしたくはなかったが......」
そう言って、槍を向け、子供を威圧した。
「ギャーー!!やーめーーてーーーー!」
耳長族の子供は目を真ん丸にして叫ぶと干し肉の袋を放り投げた。
「食ーべーーないでーーーー!!」
子供はとうとう泣き出した。いやいや、食べるとは言ってないんだが。
まさか俺がオーガを食べるとでも思ってたのか。
食えるのかなオーガ。いやマズそうだな。
返り血の生臭さが鼻腔に残っている気がした。
「食べ物をなげるんじゃない。それに俺はお前を食ったりしない。そんな風に見えるのか?」
「じいちゃーーん!!こわいよーーー」
子供は小屋の中に隠れた。
すると今度は小屋の中から耳長族の男性が一人現れた。
「タオがとんだ失礼を。竜族の若者よ。」
男性は若く美しい容姿をしていたが、おそらくは高齢なのだろう。耳長族は長寿で有名だ。
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