ドックファイト
「私を讃えることを許します。カーボーイ。」
「御見逸れしました。お嬢様。まさか、ジャイアントキリングが見られるとは。得したな。」
エリカが買ったサッカーくじのお陰で街を離れる目処がついた。クラブ・ニュージャージーとティンバースの試合は、謎の東洋人の八面六臂の活躍でティンバースが勝利した。この勝利でティンバースは降格圏を脱出したのだが、それは別のお話。
俺たちは、汽車に乗っていた。ガタンゴトンと揺れる音を聞きながら窓の外の荒野を眺める。乾いて黄ばんだ大地が延々と続く。
「何処まで行くつもりなの、カーボーイ。」
エリカが外を見ながらそう聞いてきた。
「アラバマまで。あそこは一面深緑で覆われた素晴らしい土地だ、という話だ。」
「それは、とても楽しみだわ。」
エリカは退屈そうに言う。まあ、行き先なんて何処でも良かったのだ。ただこの場から離れたい。それだけは共有している。それが大切なのだ。
空いた窓から吹き込む風はエリカの髪を揺らし、それをかきあげる彼女の指に目を奪われる。この時間が延々に続いてほしい、と柄にもなく思っていたところで殺気を感じた。
大柄な男がこちらへと向かってくる。俺は席を立ち、そいつと視線を交わす。
「俺の名前はダンデライオン。エリカをこちらへ渡してもらおうか。」
「こちらのエリカ嬢であっているのかい。それならお渡しするのもやぶさかではないが、あんたが本当に欲しいものは別にあるだろう?」
本当に渡しても良かったのだ。それで事は済む。ただ、抗ってみたかった。損得とは別の理由が、俺は欲しかった。
「言い当ててみよう。きっとお前さんは勇気が欲しいのさ、ダンデライオン。ならば、ここは向かってくるしかないだろう?」
「別に勇気など欲しくはない。そんな空虚な物はお前に譲るよ。俺はスケアクロウの命令に従うだけだ。」
「なら、黙って襲ってこいよ。名乗りを上げるな。だから、お前は臆病者に見えるんだよ。」
事態を察した乗客が他の車両へと逃げる。そして、ダンデライオンが駆け寄って来た。
俺は身軽ではない。飛んだり跳ねたりすることはできない。だから、やれることは1つだけだ。正面から撃退する。人が2人通るのがやっとの通路に逃げ道はない。
先は俺のものだ。そこにしか活路はない。いつもの事だ。
ダンデライオンが襲いかかってくる。それを見てから俺は動き出す。間合いを詰め、懐に入る。手首と袖を掴み、相手の勢いを利用して放り投げた。
「人間には二種類いる。臆病者と馬鹿野郎さ。さて、お前はどっちになりたい?」
俺は目線を切らずに挑発する。
「そんな事はどうでも良いことだ。俺がお前を追い詰めている。それだけわかれば十分だ。」
実際のところ、ダンデライオンの言うとおりである。体格差が大きすぎる。2メートル近くの巨体に体重は100キロ近いだろう。対して俺は170センチの体重は60キロそこそこ。まともに格闘戦をして勝てる相手ではない。
「大変そうね、カーボーイ。」
エリカが余計な口を挟む。まったく、少しは心配でもしてくれれば可愛げもあると言うものだ。
ダンデライオンは大振りで殴って来た。交わせないな、と諦めて受けることにした。
4、5メートルは飛ばされただろうか。後ろに飛んで勢いを殺してはみたものの、左腕はしばらく使い物にならないだろう。折れてはいないが、痺れて動かない。
「いやはや、ドックファイトはお前の勝ちだ。ダンデライオン。」
「そう思うなら大人しく死んでくれるかい、カーボーイよ。」
死ぬのは嫌だな。と呑気に思う。もう少し時間を稼ぎたかったが仕方ない。
「お困りでしたら、手をお貸ししましょうか、カーボーイ。」
エリカがそんな事を言う。まったくあいつは気軽なもんだと、俺は思う。大物なのかもしれない。実際に大物ではあるのだが。
「カーボーイ、お得意の得物を使ってもいいんだぞ。」
言ってくれるな。言われなくとも使うつもりだったが、もう少し後にするか。
ダンデライオンはエリカを背後にして立っている。要するにそういうことだろう。どうでも良い。
「エリカ!手を貸せ!!」
俺はそう叫んで距離を詰めた。さて、勇気を試させてもらおうか。
ダンデライオンは振り向いた。エリカはデリンジャーを構えている。良くやるよ。
俺は相手のふくらはぎを足裏で押し込む。膝をつくダンデライオン。相手の首が目の前にある。そこへ右拳を全力で叩き込んだ。
「甘いよ。カーボーイ。」
ダンデライオンはまったく気にもせず立ち上がった。流石に強い。体がでかい。当然、それを支える骨もまた太く硬い。俺の全力の拳でもダメージを与える事はかなわなかった。
ダンデライオンはエリカからデリンジャーを奪い放り投げた。その隙に距離をとる。
「次の手はあるのかい、カーボーイ。」
舐められるのも仕方ない。打つ手なし。どうするか。
「降参。降参だ。好きにしろよ。」
俺は両手を上げた。
「もう、その手にはのらないよ。」
しょうがないので上げた手を下げた。ダンデライオンの後ろにはエリカがいる。
敵が襲って来る。俺を殺そうと向かってくる。心臓の鼓動が高鳴って、視界が狭まっていく。後は、いつも通りに動くだけだ。
俺は殴り飛ばされた。ギリギリ生き残っている。もう軽口を叩く余裕すらない。それでも立ち上がってやることがある。
「いつ拳銃を抜いた。」
ダンデライオンが胸を押さえながら聞いてきた。
「気がつかなかったのかい。ゆっくり抜いたつもりだったけどな。」
俺はそう答えたが、ダンデライオンに届くことはなかった。既に息が切れている。
「私の横を銃弾が通りすぎたわ。当たったらどうするつもりだったのかしら、カーボーイ。」
「その時は、1人に戻るだけだよ。」
汽車が止まる。人混みに紛れて汽車から降りた。とにかく休みたい。今願うのはそれだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます