少女は花弁が水を漂うように舞う

今日は朝から雨がずっと降っている。

病み上がりのスホに1日大人しく読書をしてろということなのだろうか。

スホが全快してから5日が経っていた。

3日前にソウが薬草を煎じてくれてようやく完全に体調が回復した。

薬草を貰って帰ってきたソウの目が涙を擦ったように赤くなっていて気になった。


あの日、スホはかなりの熱が出ていたようでほとんど記憶が曖昧だ。

キンモクセイの香りも気のせいだったようであれからソウからキンモクセイの香りはしない。

ソウに自分がハッキリと8年前のソウなのか?と尋ねたのが夢なのか現実なのか境目が分からない。

でもスホは夢にしろ、現実にしろソウは確かに否定したような気がした。

結局、あの話はうやむやになったままだった。


本来この時間は講義の時間なのだがスホの体調に大事をとって今日まで休みになっていた。

イアンは他の仕事、ソウも居なくて話し相手もいない。イアンがいない時の臨時の護衛はあまり話さない男だった。

主が講義や側仕えの必要のない公務の場合は女官は他の場所でそれぞれ仕事をする。仕事は各自の得意分野から最初の実技審査で振り分けられる。

例えば、医術をかじっているものなら医術院で医師助手。医術院には薬物を扱える薬物医助手もいる。

また舞や管弦の楽器類に秀でるものは華月堂という大広間でその稽古。これは宴や国の祭事の際に華を添えるために必要とされた。その他裁縫類に秀でるものは貧困層の民に配布する衣服を作ったり、花の知識が詳しいものは庭園の庭師の助手など多種多様な仕事があった。

ソウは舞や琴などに特に秀でているらしく華月堂の女官として働いていた。

スホはあまりにも暇を持て余して王宮書庫に新しい本を借りに行くことにした。

王宮書庫はスホの私室からかなり離れていて庭園を通りそのすぐそばにある華月堂も通り越して宮廷、そこから炊事場を通り過ぎてようやくたどり着く。


華月堂の近くまで来た頃に賑やかな音が聞こえてきた。スホは華月堂から聞こえる笛や琴の音を聞いて少しソウが働いているところを覗いてみたくなった。

華月堂は実技で舞や管弦の楽器が余程周りより抜きん出ていない限り選ばれることは難しい。本当に選りすぐりの人物しか選ばれないことで有名だ。

ソウは舞を踊るのか、それとも楽器を弾くのか。

こっそり覗いてみると丁度ソウと数人の女官が舞をする番だった。ソウは舞で華月堂に選ばれたようだ。

手に鈴のついた楽器を持っていた。

あれは風月の国から伝わって我が国に入ってから我が国の色味も加わった舞のひとつで無病息災を祈るという舞だ。

そろそろ建国祭が行われるための稽古だろう。

初代王は祈祷の舞など決して許さなかっただろうがいつの間にか建国祭の名物となっていた。

歴代王の中でただ1人、第5代王が祈祷くらいなら、と許可したという記録が残っている。

そこからは当たり前の風物詩になっていた。

始まりの琴の音が鳴った。

音に合わせて彼女たちが足を床に滑らせる。

琴や笛、琵琶の音に合わせてソウが手に鈴を持ち、しゃらんしゃらんと身軽に舞っていく。

衣装がとても艶やかな色合いでソウが跳ねる度にひらりとソウと共に舞う。ふわり、ひらり、天女の衣のように、まるで衣装に重さがないように軽々と。ソウが鈴の音を引き立てるのではなく鈴の音がソウを引き立てるようにソウの動きと共に音を立てる。

普段はまとめている髪も稽古中は衣装に合わせて美しく結われていてソウがくるりと身を翻せば髪がさらり、とソウの後をついてまわる。

今日が雨なのが口惜しかった。

きっと日に透ければ美しい琥珀色の髪が見られたのに。


スホはソウの番が終わり交代になる頃に合わせてその場を離れて書庫へ向かった。

ソウの舞はそれは美しかった。

数人いた女官たちの彼女たちも選りすぐりの人材であるにも関わらず他の女官たちがまるで霞むように美しく、しなやかにそして楽しそうにソウは舞っていた。

書庫へ向かっている間何度も頭に浮かぶほど。

どうりで華月堂の舞の女官に選ばれるはずだ。華月堂では舞の女官が最も競争率が高いと言われている。華月堂も手離したくない人材にソウがなっていたことは一目瞭然だった。

いつの間にか書庫に到着していてスホはそんなことを考えながら本を選んでいく。

目を滑っていく本の題目たちがみなれたものばかりだった。

既に読んだ本が多くてつまらないな、と思いつつある本に目が行った。琴の楽譜。

実はスホも上手いとまではいかないが琴を弾くことが出来る。それは母のハヨンが琴が得意でスホに亡くなるまで熱心に教えてくれたからだった。

ハヨンが亡くなってからスホは1度も琴に触れていなかった。母を思い出して哀しむのをやめにするために必要な事だった。

でも今はソウに自分の弾く琴の音に合わせて舞ってもらいたいと思っている。

琴に触れれば母を思い出しそうでかなり迷ったが結局楽譜を手にしてしまった。

ソウに見つからないようにしなければ。

今見られても自慢して弾ける程上手くない。

ソウに恥ずかしくないくらいには隠れて練習したいと思った。最高な舞をするソウにせめて自分も少しでもいい演奏をしてやりたい、その気持ちがスホの中で大きくなって行くのを楽譜を手に私室に帰る道中で実感する。

スホは急いで部屋に戻って琴を引っ張り出した。

1度弾いてみる。琴がぱんっと気持ちのいい音を立てた。感覚を指が覚えている。

まだ大丈夫だ。完全に忘れていない。

建国祭まであと1ヶ月あまり。

スホは琴の練習を再開することを決めた。


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