ブラコンの妹が黒魔術で俺のエロ同人誌を擬人化させたことで、性人の俺が聖人化した件について

杜侍音

表紙

巻頭カラー


「……ふふふ、江口えぐち氏よ。例のブツは持ってきてくれたかな?」

「もちろんだ、小田おだ氏。ブツはここに」


 江口と呼ばれた男は鞄から本を取り出した。

 下敷きのように薄いその本の名は──


「うひょぉい‼︎ 待っておりましたぞ、『タイツinタイツ』‼︎ 100部限定の伝説のエロ同人誌ではありませぬかー!」


『タイツinタイツ』とは、全身タイツな格好の上に黒タイツを穿くという、なんともよく分からない内容の18禁本である。

 あまりにもニッチ過ぎるために、たった100部しか発行されていないが、大人気の神絵師が作成したものなので入手は困難となっていた。


「フッフッフッ、まぁ俺の手によれば、性書せいしょを手に入れるのなんて、媚薬を盛った女子をイカせるよりも簡単なことよ」

「よっ! さすがエロ仙人!」


「「ガハハ〜」」と下世話に笑う二人。

 彼らは高校生からの仲である。念のために言っておくが、二人は大学生で成人済みなので、そこだけは安心していただきたい。

 ……高校生でこの二人が仲良くなった理由については言及はしないが。


「むむ、あれは大好おおすき殿でござらぬか?」

「あ、ほんとだ。おーい、芽衣めい

「ん? あ、千尓せんじ


 通りかかったのは、大好芽衣おおすき めい

 ミルクティー色に染めた髪色は肩にかかるかかからないかぐらいの長さで切り揃えられている。

 目尻が上がったクールな瞳。ぷくっとした小さな唇。そして、たわわに育った二つの巨峰は見る男性全てを魅了する。


「ふむ、いい出来だ。今年のボジョレーニューボーは過去最高品となるだろう」

「来て早々セクハラかよ。死ね」

「何を言うか。幼馴染の仲じゃないか」


 大好芽衣と江口千尓えぐち せんじは彼の言う通り、幼馴染である。もっとも年は一つ大好が年下で19才だ。


「ところで大好殿は何故大学に? 現在春休みですが?」

「文芸部に少し用事がありまして」

「ほぉ、部室で致したと、いたっ⁉︎」


 大好の拳が江口の頭上に振り下ろされた。


「ほんと最低……。で、小田先輩こそどうしてここに?」

「ふむ、それは江口氏に最上級のエロ同人──」

「あ、やっぱいいです。分かりましたんで」


 死んだ目で大好は二人を見た。

 仮にも先輩ではあるが、もう高校の時からこのノリなので三人とも敬語は気にしなかった。一応、平常時には大好から小田に対して丁寧語程度には使ってはいるが。


「やれやれ。芽衣はウブだな。エロ同人誌くらいで恥ずかしがっていたら、官能小説家になれないぞ」

「書く気ないから。勝手に将来決めないでくれる?」

「えっ……なら何故小説を書くのだ……! エロがないのに創作をするのか⁉︎」

「するけど。あのさ、世の中そんなにエロで溢れてないから」

「何を言っているんだ。この世はエロでできているのだぞ。俺たちがどうやって生まれたのか知ってるか? そう、それは両親の──」

「やめて、それ以上想像したくないんだけど……!」

「ふむ、それは俺も同感だ」


 興奮して立ち上がった江口だが、ふと我に帰り席に座り直す。


「だが、キスくらいの表現は必要だろう。全くの無縁では創作はできないぞ」

「分かってるってば、それくらい。ちゃんとそういうのも勉強してるし」

「ほぉ、自家発電か!」

「はぁ⁉︎」

「しかし、一人では物足りないこともあるだろう。どうだ、この俺が手伝いを──」

「死ね‼︎」


 再び立ち上がった江口の顔面に芽衣のストレートパンチ。

 そのまま彼女は不機嫌になりながら、どこかへ行ってしまった。


「江口氏、ある意味尊敬でありまするよ。拙者も大好氏には慣れているとはいえ、三次元女子にあそこまで言えるのは江口氏だけでござるよ」

「いてて……いや、俺もあそこまでふざけるのは、芽衣だけだよ」

「いや、そんなことはないと思いまするが」


 昔から性に目覚めていた江口は、幼稚園の時には先生のお尻を触り、小学生の時には児童のスカートを捲り、中学生になると卑猥な英単語をテストに書き職員室に呼ばれた。

 女子には大変不人気ではあったが、男子からの人望は常に厚かった。

 だが、神はどういう配合をしてしまったのか、彼はかなりの美青年であった。モデルや俳優にスカウトされることもしばしば。まぁ、全て彼の内面を見抜かれて、向こうから取り下げられるが。

 何も知らない隣町の女子が告白してくることも多くあったが、


「え、それって母乳飲み放題ってこと?」


 と、このように、告白の返事って知ってる? と言いたくなるほど素直に気持ち悪いことを言ってしまい、相手はドン引きで帰っていく。


「まぁ、今の俺のブームはエロ同人誌。二次元だ。AVを親の顔よりも観てくると、どうにも演技臭くて萎えてしまうからなぁ」

「ふむふむ、江口氏も二次元に目覚めてくれて嬉しいで限りですぞ」

「まぁ、三次元リアルも当然大好物ですが」

「「ガハハ」」と二度目の笑い。


「にしても、もうすぐ新学年ですな〜。そういえば江口氏の妹殿が入学されると聞きましたが??」

「ん? ああ、そうだな」

「実に羨ましい。拙者、上に兄が二人ですから妹には憧れて憧れて」

「別にいいものでもないけどな」

「確か女子校出身ですな? 江口氏の血縁ですからさぞかし麗しいのでしょうなぁ」

「んー、まぁ人の好みによると思うけど」

「江口氏、何か冷たいでごさるな。拙者泣きますぞ」


 江口は空返事をしながら、スマホでエロ画像を漁っていた。


「そういえば、江口氏の提供する同人誌はどれも素晴らしいものですが、一度も妹属性が付いたものはなかったでござるな」

「気のせいじゃね? じゃあ俺そろそろ帰るわ」

「あぁ、待ってください江口氏。一緒にメロブ行きましょうぞ」

「おお。それは行こう」


 彼らは性地巡礼せいちじゅんれいをしに、大学をスキップのように軽やかな足で去って行った。



   ◇ ◇ ◇



 そして春。

 桜が咲き乱れるこの大学に──この私は入学しました。


 そう、兄さんと同じ大学に!


 ずっと寮生活だった私は兄さん成分をほとんど吸えていません。

 せっかく卒業して、久々に帰宅したというのに、兄さんはいつも鍵を掛けて部屋に篭りきりか、友達とどこかへ外出してばかり。

 けど、ここでなら一緒にいられるかも! そう思ってここに入学したのに……。


 大学でも、兄さんは常にえっちな本を読んでいるんです。

 参考書の間に挟んだり、スマホで見ていたり、挙げ句の果てにはトイレに行ったきり帰って来ないんです!

 きっと家でもどこでもそうなんでしょうね。

 私という可愛い妹がいながら……そう思って、兄さんがいない間にピッキングして部屋に侵入しました。

 とても男性の匂いがするこの部屋には大量の薄い本が堂々とありました。

 様々な嗜好があるのに、どうして妹モノがないのですか!

 おかしいですっ、兄さん。

 こんなにあるのに、どうして私に愛は向いてくれないのですか⁉︎ 私はいつでも準備は出来ているのに!


 ……あ、そっか。この本があるから私を身体の隅々まで愛してくれないんだ。

 ならば、私が消してやる。兄さんのその性欲と一緒に‼︎


 この……黒魔術で!

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