第11話 訝る

孫の顔が、似ていない。



息子の悟にも、嫁の礼子さんにも。


悟の母親、赤木実奈は孫の長女が2歳になる時に不可思議に思った。



夫は、初孫と次に長男も産まれ喜んでいたが、嫁の礼子さんの父親の支援金で、傾いていた自動車工場が潰れずにすみ、うかれているが・・・。




孫の長女の礼香の涼しげな目元は、礼子さんの瞳によく似ているが、後はどこも相手の両親にも自分達にも、息子夫婦にも似ていないのだ。



もともと、アウトドアが好きで派手な生き方が好きな実奈は、さびれた自動車修理工場になんて嫁ぎたくはなかった。




しかし、3人姉妹で社宅暮らしで父親が奈実が短大を出る時に病気でなくなり、就職難の時代もあり親戚のつてで、結婚が決まった。



今の時代にも流行らない、口べらし。



義父も夫も、無口で毎日つまらない、寂しい。奈実はそんな虚しさを産まれた息子の悟の子育てに力を入れた。



だが、息子は反抗し工場は継がないと突っぱね一旦は、外に出ていたが工場を継いでくれた。



暗い顔をした息子が、嫁にきた時の自分と似ていて可哀想で仕方なかったが、礼子さんとの結婚が決まった後から、精気を取り戻してくれ、ほっとする。



しかし、礼子さんが長男を出産したあたりからおかしかった。



礼子さんは、出産以外にも里帰りを繰り返し、息子の悟は時々2、3日、仕事を終えたらふらっと、どこかへ行ってしまう。



一度だけ、礼子さんが次の子の出産のために里帰りに帰った時に、悟に問い詰めた事がある。



「今の時代、夫婦別居も夫婦別姓も当たり前なんだよ、いろんな形があるんだよ、母ちゃんと同じ時代の結婚じゃないんだよ」

と、早口でまくし立てられ奈実も、そんなものかと引き下がった。




夫に相談しても「今の若い夫婦はそんなもんじゃないのか」と一言でかたずけられた。



家族から口べらしのように、傾きかけた陰気くさい自動車工場の嫁になり義父母の介護をした後に看取り、無口な夫と40年以上、そいとげてきた。



実奈は、自分の老いていく体と共にこの運命も鬱憤も受け入れてきた。



せめてもの楽しみが孫だった。手のかからない大人しい礼香が「ばぁば」と初めて話した日も鮮明に覚えている。



まだミルクの甘い香りがする礼香は、産まれたばかりの弟で手一杯の嫁の礼子さんより、里帰りしていない時は、トコトコついて来た。



「お義母さん、すみません、礼香の面倒をまかせてしまって。里帰りの時くらいしかお義母さん、休めなくて・・・」

産後、体調がなかなか回復せず産まれたばかりの弟、礼真(れいま)にかかりきりの礼子さんは、申し訳なさそうに言う。



「大丈夫よ、介護に比べたら成長していく礼香ちゃん見ているのは苦にならないは」

嫁いびりを亡き義母からされていた奈実は、自分は意地でも嫁いびりをしないと決めていた。



長男の3ヶ月検診で、礼子さんが出かけている時や母親がいない時、礼香は必ずさみしいのか実奈の膝の上に座ってくる。



とても静かな午前で、おままごとを一緒に付き合う。



ふと、まだ舌ったらずな口調で礼香が話す。


「ととより、かなたおじちゃんが、れいかは好きなの」

かなた?家にも礼子さんの親戚にそんな人がいたかしら?実奈は、胸のあたりがザワザワとした。



「かなたおじちゃんて、だあれ?ばぁばの知っている人?」

礼香は、顔を右にかたむけ、むずかしそうな顔をした。



「お母さんの家にいるときに、いるおじちゃん。れいかとよくあそんでくれるの」

それだけ言うと、礼香はおもちゃのコップにお茶をそそぎ、ばぁばのと小さなティーカップを渡される。



確か、礼子さんの実家は礼子さんのご両親だけしかいないはずだ。礼子さんは一人っ子で三人家族のはずだ。



実奈の中で、ザワザワと不安が押し寄せてきた。



可愛い初孫に渡された、空っぽのはずのティーカップから、今にも奈実の訝る気持ちがあふれだしそうになった。








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