第10話 秘める

神田礼子が赤木と結婚したのは、お腹にいた子供のためだった。



大手自動車メーカーの部品を扱う子会社の父親から、当日付き合っていた男と無理矢理別れさせられ、お見合いにとすすめられたのは、小さな傾きかけた自動車工場だった。



昔から高圧的で、一人娘の礼子の話を聞かず、母親はそんな父親に従順、母親は礼子と同じお嬢様育ちで、父の意見は絶対だ。



赤木は、明るく、どこかで礼子を嫌っている雰囲気はあったが、2人きりで結婚前に、喫茶店で会った。



お腹の子供の事を言えば、破談になると思っていた。




真夏の暑い中、赤木は快く喫茶店に来てくれていた。下手をすれば、赤木が礼子の父親に話すかもしれない。



今でも別れた男とは会っている、その男性の子供がいる。震える手でアップルジュースを少し飲みながら礼子は、真実を伝えた。



赤木は、黙って聞いている。



正直、子供を産むつもりで男とも別れる気はないと礼子は言った。



少しの沈黙の後、赤木は苦笑いをした。



「会社の事もあるし、そうかなとは思っていたけれど、意外だな。実は俺にも好きな人がいて、破談にしたいが取引先のため、会社のために婚約した」

あっさり話す赤木に、礼子は拍子抜けした。



「礼子さんは、親の手前、俺は会社の手前、破談は難しいけど・・・」

赤木は、考えて後にとんでもない提案をしてきた。



玲子さんのお父さんが、赤木工場を3年取引してくれたら傾いた会社を建て直せる。



その間に、子供は赤木の子供として産み、礼子が想っている男の元に実家に帰ると言って、行っても良い。



ただし、3年したらお互いそれぞれの道を歩むまでは仮面夫婦でいよう、と。



日焼けした赤木の顔の黒い大きな瞳は、曇り1つなかった。




子供の親権は、礼子が持ち慰謝料はなし。話はサクサク進み、礼子の方が肩透かしをくらった。



「どんな、女性なんですか?」

思わず口から出ていた。赤木を困らせるつもりでもなかった。


「寂しそうな、女性かな。礼子さんみたいに家族に恵まれてない」

赤木の表情が、少し切なく歪んだ。



「どんな、男なの?」

突然、言われたので驚いたが礼子は話した。



「サラリーマンで、無口な人です」

言ったとたん、俺と真逆だなと笑った。



結婚前に交わした約束は、礼子の父親に別れさせたれた男にも伝え、その男との間には、2人目もいる。女の子と男の子だ。



赤木は、家では自分の子供のように可愛がってくれるので義父母にはバレていない。



お互いが、それぞれ想っている人の所へ定期的に行くのも怪しまれてはいない。




真夏の赤木と礼子の約束は、今でも秘めたまま継続している。






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