運び屋の少年のバイク、そのリアバッグに詰まっているのは、3人の化け物。
階段を上がってきたのは、警官の服装をした男女だ。
「確かに、ここから声が聞こえたけど……ん?」
警官のひとりの女性は、廊下に落ちている新聞紙に包まれた本を拾い上げた。
その下には、黒い液体が落ちている。その液体に男性の警官がひと差し指で触れる。
「これは変異体の血……それに、この壁の傷……やはり、ここに逃げ込んだみたいだな」
「しかし、なんか変だなこの本。片方だけ8つ穴が空いているし……興味が湧いちゃうな」
本を開こうとする警官を、もうひとりが「おい」と呼び止める。
「僕たちは空き家を荒らしに来ているわけじゃないぞ」
「あ、そっか。ここに住んでいた人、たしか行方不明になっていたっけ。かってに人の物を見るのも極力避けたほうがいっか」
「それもそうだが、見ている間に変異体に逃げられたらどうするんだ」
「……それもそっか」
女性警官はあっという間に興味を失い、本を後ろに放り投げた。
本は階段へと落ち、階段の角にぶつかりながら1階へと落ちていく。
その後、警官は二手に別れて、2階の部屋を調べ、その後1階へと移動して変異体を探した。
しばらくした後、ふたりは1階のリビングで合流した。
「そっちはいたか?」
「ううん、全然。やっぱり逃げちゃったかも」
「……仕方ない。とりあえず帰って報告するしかないか」
Chapter5 キツネの娘
♦
「いたたたた……」
本の変異体の中の図書館にて、鏡の中の男の子は頭を抱えてうずくまった。
「ダイジョウブデスカ?」
そんな彼に、鬼の変異体は心配するように声をかける。
「うん……階段のあちこちにぶつかって……痛かった……」
男の子の声は、もはや涙声だ。
机の上に置いてある、この空間の出口とも言える本。その隣には黒い液体の付いたガラスの破片、さらに隣にはキツネの変異体が座って図書館のあちこちを眺めていた。胸の傷は、もう消えていた。
「ネエ……ココ、ドウナッテイルノ……天井高スギナイ? トイウカ、アンタタチ、誰?」
昨日の様子とは違い、図書館の天井の高さが大幅に延長されていた。今となっては、15m。今、体育座りをしている鬼の変異体が立っても全然問題はない。
少年はもう慣れたのか、椅子に腰掛けて足を組んでいる。
「ああ、ここは本の格好をした変異体の中。そんであの鏡の中にいるヤツが本の変異体が人間だったころの姿で、この鬼のおっさんは……さっきの家の元住人だ」
「……ナンダカヨクワカラナイケド、一応変異体ナノヨネ? アナタ以外」
まだ疑心暗鬼なキツネの変異体に、少年は笑みを絶やさなかった。
「だいじょうぶだって。俺はこう見えて、“化け物運び屋”なんだぜ」
「化ケ物運ビ屋?」
「変異体は人間から隠れて暮らしているだろ。だから、他の友人に物を渡したくても渡せにいけないことだってある。そんなやつから荷物を預かり、それを届ける相手に届ける。それが化け物運び屋だ。俺はまだ新入りみたいなもんだが、いくつか変異体の巣に入ったこともあるぜ」
「……」
キツネの変異体は緊張をほぐすように肩を上げ、ため息とともに下ろした。
「……少ナクトモ、警察ミタイニ殺シニクルワケジャアナイノネ」
気を許してもらえたと判断したのか、少年はサムズアップとドヤ顔のコンポを決める。
そのタイミングで、鬼の変異体はキツネの変異体の方を見た。
「失礼デスガ、アナタハドウシテ警察ニ追イカケラレテイタノデスカ?」
「エット……チョットイロイロアッテネ……」
キツネの変異体は立ち上がると、3人から目を背けるように後ろを振り向いた。
「アタシネ、神社ノ住職ノ娘ダッタノ。コノ姿ニナッテカラハイロイロアッタケド、最終的ニハオ父サント暮ラスコトガ出来タ」
「最終的ニイタルマデハ、オ聞キシナイコトニシマショウ。ソノ後ハ?」
「アル日、神社ニイルトコロヲ子供タチニ見ラレテ、オ父サント神社ヲ離レルコトニナッタワ。ソレデ、ココノ近クノホテルニ泊マルコトニシタンダケド……」
キツネの変異体はうつむいて瞳を閉じる。
「……ダケド、オ父サンハ変異体ニ対スル耐性ヲ持タナカッタ。今マデ無理シテ、アタシト合ッテイタケド……ホテルノ中デ、ツイニ頭ガオカシクナッテ……部屋カラ飛ビ降リテ、死ンジャッタ」
「……」「……」「……」
「ダカラ、警察ガアタシヲ追イカケテクルノ。オ父サンヲ殺シタ、凶暴ナ変異体トシテ」
3人は、かける言葉が見つからなかった。
キツネの変異体は振り返り、作り笑いを見せた。
「デモ、アナタタチノオカゲデ助カッタワ。モウアタシハダイジョウブ。ドコカデ安全ナトコロニ隠レルカラ……」
少年はうつむき、何かを決心したようにうなずいた。
「なあ……もしよか――」
「ねえお姉ちゃん、僕と運び屋のお兄ちゃんと一緒にいかない?」
少年が話しかけるよりも、鏡の中の男の子が早く、はっきりと言葉で伝えた。
「エ!?」「……」
「ちょ……ちょっとタンマ!」
その言葉にもっとも戸惑ったのは、少年だった。
「……だめ?」
鏡の中の男の子は、まるでお菓子を静かにねだるような瞳で少年を見ていた。
「いや! 全然かまわねえ! というか、俺がそれを言おうとしていた! だけどよお?! おまえが来るって聞いてねえけど!?」
「だって、変異体の巣とかよくわからないところより……お兄ちゃんと一緒のほうが楽しそうだもん」
「うん! 俺もそう思う! おまえを連れて行くのも迷惑どころかむしろ歓迎だぜ! だけどよお! あれ! あれ! あれが……」
「依頼ノコトデスカ?」
半分パニック状態になっていた少年に、鬼の変異体が助け船を出す。
「そう! それ! あのじいさんの依頼は大丈夫かよ!?」
「たぶん大丈夫。あのおじいちゃん、僕の心配をして変異体に届けるように言っていたと思うから。お兄ちゃんと一緒なら、おじいちゃんも安心すると思うよ」
男の子の言葉に、少年はようやく落ち着きを取り戻した。
「それならいいけどよお……あそこの変異体の巣はどう言えばいいものか……」
「ア、ソレニツイテナノデスガ……」
鬼の変異体は、少し恥ずかしそうに頭をかく。
「ナカナカ言イ出セナカッタノデスガ、実ハアノ変異体ノ巣ハ、モウ満員デシテ」
「まじか」「……」「……サッキカラナンノ話ヲシテイルノ?」
「ツイデト言ッテハナンデスガ、邪魔ニナラナケレバ私モ連レテ行ッテクレマセンカ? 変異体ノ巣ノ門番ハ別ノ候補ガイマスシ、ナニヨリモ、狭イ工場ヨリハコチラノ方ガ快適デスシ」
少年は3人――鏡の中の男の子、座って4mの鬼の変異体、身長30cmのキツネの変異体――を見て、笑みを浮かべた。
「それじゃあ、俺たちは……一緒に旅をする――」
「仲間ってことだな」「仲間だね」「仲間デスナ」「仲間ッテコトデイイノネ」
♦
Chapter6 仲間を連れて
山道の道路を、少年はバイクで来た道を駆け抜けていく。
目的地は、工場にある変異体の巣。
そこにかつて暮らしていた者が、
そして、そこに住む予定だった者が、
自分たちとともに旅立つことを伝えるため、少年はバイクを走らせる。
リアバッグの中に詰まっている、3人の仲間のことを思い浮かべながら。
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