第13章 化け物運び屋、仲間を見つける。

運び屋の少年は、化け物を運ぶ。のちに苦楽をともにする、仲間である。




 その少年は、バイクに乗ってガソリンスタンドに来ていた。






「うっし、俺の相棒にメシ食わしてやるか」


 フルフェイス型のヘルメットを付けたままバイクから下りるこの少年、一見すると不良学生に見えた。

 オオカミの頭蓋骨が描かれた白色のTシャツの上に、学ランを着ている。しかし、その学ランにはボタンが付いておらず、校門らしきものはどこにもなかった。

 ズボンは動きやすいバイク用パンツ。その太ももには、レッグバッグが付けられている。


 ガソリンスタンド内のバイク専用充電スタンドについている充電ケーブルを、バイクの充電口に差し込む。

 その雪のように白いバイクはいわゆるアドベンチャーバイクと呼ばれるものだ。ハンドルの間にはスマホを設置するスマホホルダーがあり、座席の後ろには、リアバッグが設置されている。


 その反対側の充電スタンドでは、一組のカップルが互いに肩を寄せ合ってスマホを見ていた。そばで充電している1台のバイクがあることから、タンデムツーリングの途中なのだろうか。

「え! あの神社に“変異体”が現れたの!? この前私たちがいったところじゃない!」

「ああ、変異体は確か、“突然変異症”で体が化け物みたいに変異した元人間だっけ。確か、変異体を見ると恐怖に襲われるんだよな」

「やだあ! 怖い!!」

 ふたりは互いに揺れ合い、彼らだけの世界に入っていた。


 少年はふたりに目を向けることもなく、レッグバッグからスマホを取り出した。スマホホルダーに置きっ放しのスマホとは違う、この辺りではみない機種だ。


 カップルが1台のバイクでガソリンスタンドから立ち去った後、少年はスマホの画面を眺めて白い歯を見せながら、肩を上げ下げしていた。

「依頼内容は……“変異体”を運ぶんだったな。こういうのは初めてで緊張するけど、何事もチャレンジだぜ」

 スマホをレッグバッグに戻すと、少年は充電の済んだバイクから充電ケーブルを外す。


 そしてバイクにまたがり、目的の場所へ走らせた。






Chapter1 化け物運び屋






 少年は広場の前でバイクを止めた。

 ヘルメットを外すと、金髪のミディアムヘアーが現れる。

 そのヘルメットをバイクのヘルメットホルダーに取り付け、後ろのリアバッグから紙とペンを挟んだクリックボードを取り出し、広場のすぐ近くに見える建物を見つめた。


 それは、図書館だった。


 その入り口の前に、2人の人影が立っている。 

 ひとりはバックパックを背負った老人。失礼だが顔が怖い。もうひとりは黒いローブを見に包んだ人物。顔もフードで深く被っているため、どんな人物なのかは知るよしもない。



 少年はクリップボードを片手にふたりの元に走り、彼らの目の前で特徴を確認した。

「えっと……顔面の怖いじいさんに、黒いローブを着たヤツ……ふたりともバックパックを背負っている……間違いねえな」

「おまえが運び屋か?」

「ああ、“化け物宅配サービス”の運び屋だ」

 自信満々に少年は親指を自分の胸に指すが、老人の顔を見てキョトンとした顔になった。

「……なんかどっかで見たことがあるような……」

 一種のデジャブを感じるような眉のひそめ方。老人は特に反応はしなかったが、隣のローブの人物は少年の表情に首をかしげていた。

 少年は、すぐに首をふった。

「まあいいや。確か配達物……じゃなかった、俺のバイクに乗せる客は“変異体”だったよな?」

「ああ、体を新聞紙で隠しているから、問題は起きにくいだろう」


 老人は背中のバックパックから、1冊の本を取り出した。


 その本は、表紙を新聞紙で覆われていた。


 少年がクリップボードを老人に渡し、その本を手に取ると、


 本の表紙を手で触れた。


 まるで、その本が人の温もりを放っているかのように。


「よし、これを近くの“変異体の巣”に届ければいいんだな?」

 クリップボードに挟まった紙にペンで記入している老人に、少年は依頼内容を確認する。

「ああ、本来は図書館の中で隠れていたが、この子が見つけてしまってな。この調子では一般人に見つけられるかもしれんから、ひとまず安全な変異体たちの集落……変異体の巣に届けてくれ」

「まかせろ、俺がすぐに届けてやるぜ」


 本にも語りかけるように誓った少年は、老人からクリップボードを返してもらうと、バイクを置いてある方向に走って行った。






 リアバッグの中に、少年は本を入れた。

「少しだけ窮屈だけどよお、我慢してくれよ。すぐに届けてやるからな」




 まるでその本が生きているように少年は語りかけると、本は貧乏譲りするようにかすかに動いた。






 Chapter2 本の中の大きな図書館






 その夜は、暗闇に雨の音が包み込んでいた。




 少年は、橋の下でぬれた学ランを脱いでいた。

「まったく、いきなり雨が降るなんて聞いてねえよ……まあ、野宿場所を探していたからところだからいいか。レインコートって暑苦しいからなあ」

 ぬれた学ランを丸めずに、角に穴を空けたビニール袋で覆い被せる。

「この辺りにコインランドリーは見あたらなかったんだよなあ……明日は晴れるよな?」

 袋の口から携帯式のドライヤーの熱風を送り、そのまま10分かけて学ランを乾かした。


 乾かした学ランを手に、少年はリアバッグを開けた。

「よお、気分は悪くねえか?」

 リアバッグの中の本は、少年の声に応えるように揺れた。

「もう暗いから、ここで野宿するんだ。明日にはきっと到着するから、今のうちにぐっすり寝てくれよ」

 少年はリアバッグを閉じようとした。


 しかし、その手を止めた。




 本を包んでいる新聞紙を突き破って、足のようなものが8本生えてきた。


 その様子は、まるでクモ。


 本のクモの足を見た少年の手には、鳥肌が立っていた。


 老人が言っていた通り、この本こそが変異体である。




「……ちょっとストップストップ!!」


 少年は慌てた声でリアバッグから目を逸らすと、震える手でズボンに付いているレッグバッグに手を伸ばす。

 ガチャガチャと物と物のぶつかり合う音が続いた後、少年はあるものを取り出した。


 それは、ゴーグル。

 一見、普通のオートバイ用の物の形をしたゴーグルだ。


 少年はゴーグルを装着すると、ゆっくりとリアバッグの中身に目を向ける。


 リアバッグの壁を、本のクモが上ろうとしていた。


「俺、変異体に対して耐性がねえんだ。さっきはびびって本当にすまねえ」

 少年は本の変異体に対して手を合わせて誤った。ゴーグルを付けてからは、先ほどのような慌てようはなかった。

 本の変異体はリアバッグの縁に4本の足を乗り出すと、気にしなくてもいいよと言っているかのようにうなずいた。

「……? もしかして、外に出たいのか?」

 再びうなずく本の変異体に対して、少年は小さい子の面倒を見る兄の顔で笑みを浮かべ、その本を手に取った。


 その直後、本は自ら開いた。


 中身は、すべて白紙。




 少年が目を丸くして、その白紙を眺めているうちに、





 周りの景色が、




 橋の下から、





 図書館の中へと、



 変わった。




「……ん? あれ、俺って図書館にいたっけ?」

 周りに立ち並ぶ本棚を眺めて、椅子に座っていた少年はゴーグルごしに瞬きを繰り返す。その前にある机の上には、先ほどの本が置かれている。

 その図書館は広く、そして清潔なほど白い。しかし、本棚にはほんのわずかほどの数しか本はなかった。

 少年は立ち上がると、近くにあったガラスを見る。

「それにしても、変な図書館だな……本は少ないし、それにこのガラス、外の景色を写していねえじゃねえか」

 そのガラスは、少年の姿を映していた。まるで鏡のように。


 少年が鏡に手を触れた時、少年の姿がゆがみ、黒く染まる。


 そこに、小さな男の子の姿が現れた。


 鏡の中の男の子は、少年の姿を見て何か言いたそうだった。


「……あんた、誰だ?」

「……」

 少年がたずねると、男の子は何度も口を開けながら、もじもじと体を揺らしている。

 声を出したのは、少年が目線を合わせるためにしゃがんだ後だった。

「あ……あの……僕……本なの」

「……本?」

 少年は理解できないように首をかしげる。

「うん。本の変異体」

「……なんだか、全然わかんねえけど」

 眉をひそめて頭を抱える少年を見て、男の子は後ろの机に置いてある本を指さした。


 少年はその本を手にとり、約10分ほど頭をひねり続けて、ようやく「ああ!」と顔を上げる。

「要するに、おまえはあのクモみたいな足を生やす本の変異体で、ここはおまえの体の中ってことか!?」


 人間だったころの姿を映した男の子は、ゆっくりとうなずいた。

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