第3章 化け物バックパッカー、変異体ハンターと出会う。

少女は呆然とする。変わり果てた母親の前で。



 薄暗い部屋の中、




 少女の頬に、黒い液体が飛び散った。




 目の前には、煙を上げる銃。




 少女の足元には、手がついた大蛇。




 なくなった首の断面から黒い液体があふれだす。




 部屋に入ってくる、ゴーグルをかけた大人たち。




 彼らは足元に散らばった目玉や肉片を、




 生ゴミのようにビニール袋に入れていく。




 お母さん。




 少女はそうつぶやいた。






 ゴーグルをかけた大人が、少女の目の前で変異体を回収した。






「先輩、どうしたんですか?」


 とある街のゴミ捨て場に捨てられたビニール袋を、女性はじっと見つめていた。

 その様子に、疑問を覚えた男性が心配そうに尋ねる。

「ん? いや、なんにもないよお」

 女性はかったるそうに答え、歩き始めた。


 その女性はロングヘアーに、薄着のヘソ出しルック、ショートパンツにレースアップ・シューズ。その手には大きなハンドバッグが握られていた。

 そのスタイルは、まさに素晴らしい。


「それにしても、まだ依頼主から電話がかかってこないですね」


 そう言う男性はショートヘアーにキャップ、横に広がった体形に合うポロシャツ、ジーパンにスニーカー。その背中には大きなリュックサックが背負われていた。

 その体格は、ある意味素晴らしい。


「とりあえず待つしかないでしょー、“大森おおもり”さん」

「そうですよね……だったら、どっか観光でもしません?」

「そういうのは依頼が終わってからって約束だったよねえ」

「別にいいじゃないっすか、まだ時間がありますし」

「だったら、あの喫茶店で待ち合わせだねえ。あたし、適当にスマホつついているからさあ」

「せっかくこの街に来たんですから、観光でもしましょうよ。そうだ、ここの街って港で行われている市場に行ってみましょう!」

「いってらっしゃーい」

「なに言っているんすか! “晴海はるみ”先輩も一緒に行きましょうよ!」

「……はあ」






 街にある港には、複数の船が停泊していた。


 その側には市場が開かれており、海産物を中心にさまざまな特産品が売られていた。道は観光客でにぎわい、店員の声がひっきりなしに聞こえてくる。


 そこの飲食スペースで、少しだけ目立っている2人がいた。


 バックパックの老人と、変異体の少女だ。




「うーむ、今年もなかなかの美味がそろったな」


 テーブルを覆い被さるプラスチックトレイの数々。それを前にして老人はつまようじを動かしている。

 その隣では黒いローブを着た少女が座っており、残りは二席の空席がある。

「……スゴイ食欲」

 その隣で、変異体の少女は感心するように眺めていた。

「オナカ……壊シタリシナイヨネ?」

「心配するな。せっかく安い値段で買えたのだから、腹にためておかんといかんだろう」

 老人は気にすることなく腹をさすっていたが、変異体の少女を見ると気まずそうな顔をした。

「……なんか、すまんな。お嬢さん、ひとつも食べてないもんだから」

「イイノ。私、食ベ物ヲ食ベルコトガ出来ナイカラ。ソレニ、オイシソウニ食ベテイルオジイサン、面白イシ」

「そうか……なら、デザートでも頼んでくるか」

 老人は立ち上がり、近くにあったソフトクリーム屋に向かっていた。




「すみません、そこの席、いいっすか?」




 変異体の少女が声の聞こえた方向を振り返ると、ビニールパックを持った2人の男女がいた。


「……」

 変異体の少女は何も言わずにうなずき、テーブルのビニールパックを寄せた。

 男性はドシリと座り、女性に手招きした。

「さあ、早く座ってくださいよ」

「大森さん、あたしが立ち食いでもすると思っているのお」


 晴海は大森の隣の席に座った。

「俺って遠慮するのが苦手なんで言わせてもらいますけど、なんか晴海さんって、正直よくわからないんっすよね。口調が軽いわりには冷たいし」

「遠慮って本人の目の前で悪口を言うことなんだねえ。まあよく言われるからいいんだけどお」

「それにしても、なんか緊張しているんですよね。俺、“変異体”の目前で動けるかなぁ……」


 変異体の少女が動揺したように椅子に座り直した。


「慰めてほしいのお? ゴーグルをかけたら大丈夫。はい以上」

「そういえば晴海さんはゴーグルがなくても大丈夫ですよね。“突然変異症”にかかった人間は体が奇妙な姿に変形、その部分を普通の人間が見ると恐怖の感情が引き起こされる。だけど晴海さんは平気なんですよね」

 そう言いながら大森は変異体の少女をちらりと見えた。


 変異体の少女は、テーブルに手を乗せて震えていた。

 今にでも離れたいと言わんばかりに。


「あの、大丈夫ですか? 顔色とか悪いんじゃあ……」

「……」

 大森は少女の顔色を確かめようとしてローブのフードの中をのぞき込もうとした。

「……え」

 その手に、鳥肌が立った。




 眼球代わりの触覚が見えたからだ。




「あなた……変異体なんですかあ……」

 大森の様子を見た晴海は、変異体の少女にそう言い放ち、にらむ。

「……!」

 少女はすぐに立ち上がり、立ち去ろうとした。


「どうしたんだ、お嬢さん」


 変異体の少女と晴海は、声の聞こえた方向に首を向けた。


 老人が、ソフトクリームを片手に戻ってきていた。

 晴海の顔を見ると目を細め、思い出したように「ああ」と声を出しながら納得したようにうなずいた。

「あんた、晴海ちゃんか?」

「……ハゲなくてよかったですねえ、“坂春サカハル”さん」

 ため息をつく晴海。

「先輩、そのじいさんと知り合いですか?」「オジイサン、ソンナ名前ダッタノ?」

 大森と変異体の少女が同時のタイミングで尋ねる。


 大森はゴーグルを手にして晴海の顔を見ていたが、無視された。


 一方、老人は笑みを浮かべながら変異体の少女に顔を向けた。

「この晴海ちゃんはな、元警察だったんだ。最近は“変異体ハンター”と呼ばれる仕事に就いていると風のウワサで聞いたことがある」

「変異体……ハンター……」

「変異体ハンターは警察では手に負えない変異体、ある理由で警察に頼めない変異体の処理を請け負っている」

「……」

 おびえたような目……もとい、触覚で晴海と大森を見る。それに気づいた大森はゴーグルを装着し、変異体の少女に話しかけた。

「心配はいりませんよ。俺たちが受ける依頼は基本的に自我を失い、被害を与える変異体だけっすから!」

「あくまでも基本的なんですけどねえ」

 やる気のない声を出しながら、晴海は変異体の少女をにらみ続けていた。




 老人はソフトクリームを食べ終わった後、変異体の少女を連れて去って行った。

 その後ろ姿を見ながら晴海はため息をついた。

「どうしてあんなこと言っちゃったのお? 大森さん」

「だって心配そうに見られたもんだから、つい……」

「そのわりには、むっちゃびびっていたけどねえ」

「なんだか恥ずかしいですけど……」

 大森は照れながらゴーグルを外した。

「俺、会ってみたいんですよ。夢を持ってて、それをかなえようとしている変異体。最後の警察の仕事で出会った、あいつの言っていた夢をかなえ続ける変異体に」


「……夢物語は口にしないほうがいいよお、よけい空しくなるだけだからねえ」

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