神にいと近き少女
尻餅をついた己を冷静に観察する自分がいる。
落ちてきたシャンデリアが目の前にある。真信は下敷きになりそうになって、突き飛ばされたのだ。
真信を間一髪で救った男は、真信の代わりにシャンデリアに潰されてしまった。
「
「っだあっぶねえっ、背中痛え」
「
生死を確認するため駆け寄ろうとすると
なにより驚きなのは、
周囲はすでに阿鼻叫喚と化している。銃弾が飛び交い呪殺、憑き物の類が乱舞する。
銃弾で脳漿が吹き飛ぶ女に、前触れもなく血を拭いて倒れる男。まるで科学と呪術の対立戦争がここに凝縮したかのような地獄絵図。磨かれた床が血飛沫に汚されていく。
だが助けに行くのは無謀すぎる。例え直接狙われていなくても流れ弾で死にかねない。
そんな戦場で、
「はっ!? ちょっ、柘弦さん!? 死にたいんですか!」
腕を引っ張って座らせようとするが柘弦がそれを振り払う。
「安心しろ。
「何を言ってっ」
銃弾は次々と
真信は不思議なものを見ていた。跳弾した弾が吸い寄せられるように
「そして俺がいる限り、
飛んできた花瓶が柘弦の脳天に直撃して割れる。血が垂れてくるのも構わずに、
「この場の不運は全て俺が喰らい尽くす。行くぞ、□□□!!」
男が叫んだのは、真信には音を認識できない言葉だった。だが真信は
シャンデリアが落ちた直後、
「ああくそっ、ここまで近づいてやっと分かった。皇嗣、あなた名前はどうしたのですっ。ここへ来て誰もあなたの名を呼ばないことに疑問を抱くべきだった。すでに名を捨て、人外へと近づいていたというのか」
作っていたキャラが崩れ、普段の口調で叱咤する。皇嗣はこんな状況にも拘わらず微笑みを浮かべていた。
「ふふっ、素が出ていますよ巫女」
「今はそんな場合ではっ」
責めるように見つめると、皇嗣の目つきが神妙なものへ切り替わった。
「ええ、その通り。
震えるほどに拳を握り締め、虚空を睨みつける。そんな皇嗣の姿が
名とは、人を人として定義する柱のようなものだ。名を失えば立場がゆらぎ、奪われれば自身の信用すらなくなる。それが呪術的な物であるならば、存在そのものすら危うくなる。
皇嗣が行ったのは名を返上し『皇嗣』という役割だけに徹する荒業だ。名が無くなったわけではない。書類を見れば記載されているし、ニュースは自然と名を読み上げる。だが誰もが彼を『皇嗣』としか認識しないようになる。名前よりも立場でしか彼を判断できない。
そうすることで、彼は人を捨て不確かな呪術的生物となった。これにより呪術との親和性が格段に上昇する。
皇嗣という立場が唯一無二であるからこそできることだ。他者が真似すれば即、亡霊のようにあやふやな存在となるだろう。皇嗣ですら失敗すれば自我が崩壊しかねない。
彼はそれをすでに試していた。正式に帝を継ぐために。きっと今回の結論も、他にもあらゆる手段を模索してようやく出したのだろう。
生半可な覚悟でできることではない。この男は本当に国のため、多くの人間の命のために動いている。
「あなたの選択には言いたいことが山ほどある。だがその
「おや、あなたが守ってくれるのですか」
「ああそうだ。私たちが死なせない」
皇嗣から会場へ目を向ける。そこには薄く血を流す
視線がぶつかる。互いに何を考えているかすぐ分かる。
「行くぞ、チサキ!!」
それは彼女が巫女としての本領を発揮する引き金。
「
少女の小さな囁き。怒号飛び交う会場において、その声はなぜか端まではっきりと届く。
音の伝播に共鳴するように、あちこちで火の手が上がった。それも人を燃やす火ではない。武器を、呪札を、攻撃の手段を燃やし散らしていく。
何が起こったのか理解できた者は片手の指にも満たぬ。その混乱の中、
彼女の全身には急速に黒い
視線がぶつかったのは一瞬。
柘弦の怪我を見て、虚無を封じ込めたような表情が憤怒に歪む。
「愚物共が。私の男を傷つけたな。よほど
普段とうって変わってドスの効いた声音だった。まとう雰囲気からして別物だ。あれは本当に人間なのか。真信にはそれ以上の高尚な存在に思えてならない。
「
少女は嘆息をしてアカデミスタ達へ矛先を向けた。
「
言い終わるが早いか、アカデミスタの頭上に照明弾を放ったかのような光の爆発が起こった。あまりの眩しさに真信も思わず顔を腕で庇う。目を開けると、会場内へ攻勢に出ていたアカデミスタだけが気を失って倒れていた。
あまりの光景に唖然としてしまう。
「ははっ、これが神に愛されし巫女の真力か」
乾いた笑いと共に呟いたのは皇嗣だ。だが廊下からまた軍隊風の部隊が補充される。数は同数。まだ伏兵は山ほどいそうだ。
「ふん、
「はい」
すっかり
「みなの逃げ道は用意してあるのでしょう。
迫られた選択に真信は言葉を詰まらせた。
本音を言えば今すぐにでも深月のもとへ駆け付けたい。外の様子も気がかりだ。
だが指揮官であり唯一会場に残った真信には、ここで最善の結果を目指す義務がある。
「僕も行きます」
皇嗣の安全を確保する。それは当初の目的の一つでもある。
なにより、ここでこの男を死なせるわけにはいかない。
真信は三人のもとへと駆けだした。
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