血塗れの聖剣を持って、僕は。

浅山いちる

第1話 家族と誇り

 父は、剣の稽古に厳しい人だった。


『目を瞑るな! 瞬きすら実戦では命取りだと言ってるだろ!』


 だが、そんな国一番の剣術使いの父ではあったものの、結果を出せば褒めてくれないわけじゃなかった。


『よくやった、ロア。まだ未熟だが、教えたことはしっかり出来ていたな。次は実戦に連れていくから覚悟しておくんだぞ?』


 そしてまた、こうしてゴツゴツとした手を僕の頭に乗せながら笑顔で褒める父は嫌いではなかった。


『よし、今日もやるぞ』


 剣の稽古は三才の時からほとんど毎日つけられていた。城の護衛をする父は屋敷に帰ってくると決まってそう口にした。遠征で疲れた時も、他国の侵攻に見舞われた時も、母との記念日でプレゼントを持って帰ってきた時も、必ず。


 物心がついたであろう頃のある日から、稽古が一段厳しくなって逃げ出したことが僕にはあった。そして、そんな何度も逃げ出した内のひとつに、母の元へ逃げ込んだ事ではこう尋ねたことがあった。『どうして、父さんはあそこまで剣を教えようとするの?』と。


 母の答えはこうだった。



『剣は、お父さんの誇りだから。国の皆から愛される、国で一番偉い人を守ってるんですよ?』


 そして母は『それに不器用だから、あれしか出来ないんです』とも柔和な笑顔で付け加えた。幼い僕は“母さんは父さんの味方なんだ“としか当時は思っていなかったが、その意味は年を重ねる毎に理解した。母は、一番の父の理解者だった。


 また、僕には、二つ離れた姉と四つ下の妹がいた。


 姉は、稽古で僕が怪我をすると手当てをしてくれて、僕が逃げ出した時も『少しは手加減してくれればいいのにね』と味方してくれた。妹のほうはいつも、犬のぬいぐるみをギュっと持って、姉の後ろでそれを覗くように見ていた。


 僕が十六になって、姉が花婿探しで居なくなることが多くなった時は、侍従の人と妹が手当てをしてくれるようになった。その頃には、妹はもうぬいぐるみを持ってなかったが、姉の時に見たような、包帯を巻いてくれる侍従の後ろで覗くように見るクセは変わらなかった。背に妹を置く侍従によれば『将来は看護師になりたいそうですよ』とのことで、姉の後ろにいる内に、妹はそれを夢見たのかもしれないと思った。


 侍従は三人いて、男が一人、女が二人だった。

 女性が多いのは姉と妹が僕にはいるからだった。


 男の――侍従の彼には外の世界の事をよく聞いた。


 僕は、食事をしては稽古のための鍛練に励み、そして稽古となっては疲れ果て、まどろみながらに食事をし、風呂へ入り、次の日を迎えた。そんな繰り返しで一杯一杯だったため、休憩や着衣関係の身の回りを多く世話してくれる時に聞く彼の、そんな外の話が好きだった。時には金や卑猥な話をする、駄目なように見えてしっかりしている兄のような存在だった。ただ勿論、彼とは主従関係にあるため『町に連れてって』と言っても『御主人様に叱られますので、ご容赦を』と断られたこともあるが。


 侍従の二人の女性のほうは、先の怪我の世話や、屋敷の管理や食事、買い出しや洗濯をしてくれた。怪我を治療してくれる時に見える彼女等の胸が、女性を意識する年になってからの僕のちょっとした癒しだった。ついでに、僕は屈託ない笑顔が弾ける女性より、クールな女性のほうが好きなんだと知った。


 そんな風に、僕の周りには優しい人間(ひと)で溢れていた。それが当たり前で、他の人を知らなかった僕は、人はこういうものだと思い込んでいた。


 だが、


『我が国では、城の護衛として就く前に“聖剣の儀“というものがある。表向きは儀式だが、実のところ願掛けだ。剣はやや通常のものより丈夫なだけだが、ともあれ、ひとりで無事に聖剣を持って帰ってこられれば怪我をしなくて済む、それを願ってのものだ』


 父にはまだ及ばないが、徐々に腕を彼から認められるようになった僕が十八を迎え、その“聖剣の儀“を受けることになった日のことだった。


 僕は、城下から二時間離れた山奥にある洞窟へ向かった。聖剣が置かれているという割には、入り口は縄が張られているだけで、立ち入ろうと思えば誰でも立ち入ることが出来るような洞窟だった。実のところ願掛け――と言った父の言葉が分かったような気がした僕は、左右に光る鉱石がある、その一本道の最奥で聖剣を手に入れた。


 石の祭壇に、鞘に収まる白い柄の剣が横たわってるだけだったことに拍子抜けした僕は洞窟の外へ向かった。そして、これから自分も父と同じ場所で剣を振るのだと、揚々と、山風が運ぶ清涼な空気を満遍なく全身に浴びながら洞窟を抜けた時、


「えっ······?」


 自分の屋敷がある城下の方面に、空を埋め尽くしそうなほどの黒煙と炎が立ち上っているのを――僕は見た。

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