後編

その棺はチーク材の

 その棺はチーク材の丸木をくり抜いて作られたもので、どこにも繋ぎ目がなかった。蓋を開けると深紅のベルベッドで内張され、底には土が敷いてある。

 松明を持ったメイラーは身を乗り出して棺を覗き込むと、内の黒い土にそっと触れた。冷たく、しっとりした感触。彼は少量を手ですくい、自分の顔に近づけてよく吟味する。

「なんの変哲もない。ただの土だ」

 当てが外れたメイラーはがっかりしてそう言うと、土を足元に捨てた。

「この棺、ずいぶんと凝った作りだ。そこから、なにかわかるかもしれない」

 言ったのはアイシャである。彼女は手にする角灯を棺が乗っている岩棚に置いた。そうして膝を折り、木棺の側面に顔を寄せる。細長い六角形をした棺はやけに赤く、表面に木目が浮いて光沢がある。撫でるとすべらかな手触りだった。なんらかの樹脂を塗布してあるのだろう。

 アイシャの言ったとおり、棺には祈祷文のほかに控え目なレリーフが彫られていて、ともすればちょっとした工芸品のように見える。もしこれを作製した者がこだわりを持っていたならば、署名のひとつでもありそうだ。しばらく、ふたりは手分けして棺のあちこちを調べた。が、なにも収穫は得られなかった。つぎにメイラーは短剣を取り出すと、ベルベットの内張を切り裂いて剥がしはじめた。膠で貼り付けられた柔らかい生地をすべて取り除いたが、やはりなにもない。最後にふたりは棺桶の両端に手をかけて、それをひっくり返した。なかの土が地面にぶちまけられると、ふたりはもういちど棺を元にもどした。するとメイラーが底部の目立たない隅に、小さなひっかき傷のようなものを見つけた。指の爪で細い溝から土をほじくり出し、松明の光で照らす。それは刻み込まれた文字だった。コーエンと読める。

「コーエン──人の名だな。たぶん、これを作った職人だろう」

 とアイシャ。

「カネをかけて職人に作らせた棺桶とはな。吸血鬼の寝床にしては過ぎたものだ」

 メイラーはいまいましそうに言うと、木棺を軽く足で蹴った。それから、

「しかし無駄足を踏まずにすんだのは幸いだったな。ラクスフェルドにも棺を作る職人はいよう。訊けばなにかを知っているかもしれない」

「ああ。では、もう出よう。地下空洞は気が滅入る」

「そうか? おれは外よりもこの場所のほうが落ち着く」

 メイラーのその言葉に、アイシャは理解できないという顔をする。

「本気で言っているのか」

「どうやら吸血鬼化が進んでいるようだ。陽の光があるところは苦手だ」

 肩をすくめ、メイラーは歩き出した。アイシャはしばらく目を伏せて佇んでいたが、やがて角灯を拾いあげ、彼のあとを追った。

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