魔女の暦

諸麦こむぎ

01.恐竜と魔女の姉弟

「お姉ちゃん、とかげ!  そこにとかげがいるよ!」


 弟に袖を掴まれ、読んでいた本から弟が指さした方向へ視線を移すと、ベランダの隅に置かれた木製のプランターの陰に、ツヤツヤとした鶯色のとかげがいた。

「ほんとだ、かわいい」

「お姉ちゃんとかげ好き?」

「うん、特に手足が可愛くて好きかな」

「ふぅん」

 弟はとかげをじっと見ていたが、徐に立ち上がり、遊んでいたミニカーをポイッとおもちゃ箱へ投げ入れ、隣の部屋へ行ってしまった。

「とかげ、あんまり好きじゃないのかな」

 独りごちてプランターを見遣ると、先程までとかげがいたはずのその場所に、もうその姿は無かった。


「お姉ちゃん、おっきいとかげ!」


 よいしょ、と隣の部屋から持ってきた図鑑を大きく広げ、キラキラした目を姉に向ける。

 そこには 「ティラノサウルス」と書かれた頭の大きな二足歩行の恐竜が描かれていた。

「ふふ、それはとかげじゃなくて恐竜だよ」

「とかげとはちがうの?」

「うーん、とかげのご先祖さま……かな?」

「じゃあ一緒だね! きょうりゅーかっこいい!」

「ふふ、そうだね」

 弟はにんまりと図鑑を眺めながら、自分の好みの恐竜を探している。どうやら「ブラキオサウルス」のような、大きな恐竜が好きなようだ。

「よし、今日はこの図鑑をお散歩しよっか」

「ほんと? やったー!」

  そう言って弟はぴょんぴょん飛び跳ねた。

「おにぎり持ってく!」

「お腹が空いたら中でお姉ちゃんが作ってあげるから大丈夫だよ」

「しゃけ! しゃけのおにぎりがいい!」

 弟は繋がれた手を大きく振り回す。

「わかったわかった。いい子にしてないとすぐに戻しちゃうからね」

「りょうかいしました!」

 ビシッと敬礼し、姉の手をもう一度強く握る。

「それじゃあ……こほん、しゅっぱーつ!」

  大きく弧を描くように腕を振り上げ、握り締めた粉を宙に撒く。すると、二人の体がぐにゃりと歪み、恐竜図鑑がパラパラとめくれ始めた。そしてストロボのような一瞬の強い光と共に、二人の姿は消えた。


 部屋には子供達の楽しそうな笑い声と、恐竜図鑑をチロチロ舌先で舐めるとかげだけが残されていた。




 ————————————————————

 4月17日 「恐竜の日」

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