第28話 昔話

◼隆臣


 豊園邸に到着しナディアは大きなトランクケースを客間に置いてそれから俺たち8人が集まる広間へやって来た。

 さっきまでは黒いワンピースだったが今は着替えたようで黒いローブを身にまとっている。法院の魔女隊の制服らしい。

 俺たちは全員自己紹介を済ませてこれまであったことをすべて説明した。

 次はナディアの番だ。



「私はナディア・イェルヴォリーノ。14歳のイタリア人だ。ローマ在住でローマ=イェルヴォリーノ魔術学院に通っている。所属は法院魔女隊だ。

 和也は私が午後8時に到着するって言ってたみたいだが、それは間違いで私は18時には羽田に着いていた。いつまで経っても迎えも遅れるっていう連絡もないから一応教えてもらった住所に向かったんだ。私がどれだけ怖い思いしたかわかるか? 見知らぬ土地でラッシュに巻き込まれた上に路線が複雑すぎて迷ったしっ!」



 ナディアは自分が感情的になったことに気付いてはっと声を漏らし咳払いをしてから、



「とにかく、みんなには伝えなければならないことがたくさんある。まず期待されたくないから言っておくが、私は吸血鬼でもガイスト使いでも第八感覚覚醒者でもない。上級感覚持ちのただの特級の魔女だ」



 ナディアのその言葉は特に不思議なことではない。そもそも日本に吸血鬼はほとんどいないしガイスト使いだってこの場に俺、凛、尚子、クリスの4人集まってること自体が珍しい。ましてや第八感覚は神獣や神霊といった高次元の存在と同化する上級感覚なのであらゆる異能力の中で最も稀有な存在だ。



「じゃあ、エミールのガイスト――ジャックの攻撃は魔術で防いだのか」



 俺は質問した。



「そういうことになるな」


 ナディアはそう言って、首からかけていたものを服の中から取り出した。



「ロザリオ?」



 ナディアは俺にこくりと頷いた。

 ロザリオの数珠部分は美しい金色の丸い宝石でできていてセンターパーツには聖母マリアのメダイが取り付けられており十字架にはイエスの彫像が磔られている。



「ジャックの攻撃を防いだのはこのロザリオ―― マスケラ・クイントの効果だ。マスケラ・クイントは高濃度の魔力に反応して数珠部分の金の魔力石から源粒子を得て自動的に魔術的防御障壁を形成する。

 これは魔術師たちの仮面舞踏会――カーニバルでの発表を目的に私のご先祖さまが制作したマスケラシリーズの第5の作品でマスケラ・ヴェネツィアとも呼ばれている」



 ナディアは何やら難しいことをペラペラと言いさらに続ける。



「まあマスケラ・クイントの話はここまでにして、ここからは最も大事なことを話す。

 ボスが狙っているロザリオは370年前の当時は神聖ローマ帝国の一部だったドイツのシュヴァルツブルク=ルードシュタット家により作られたもので、シュヴァルツのロザリオやシュヴァルツ・ヴェントと呼ばれる魔導具だ。

 シュヴァルツのロザリオは最高上級魔導具たる宝具――シュヴァルツの大時計を制御するいわばリモコンのようなもの。シュヴァルツの大時計は全部で43万2千の術式により構成されていて、世界3大宝具の1つだ。

 私のこのマスケラはロザリオ単体で効果が発動するもので248の術式でできている。他の魔導具や宝具でさえ数百から数千の術式で構成されているからシュヴァルツの大時計がいかに異常なものかわかるだろう。

 それを制御するシュヴァルツのロザリオは400年以上前から代々魔導具を製造するイェルヴォリーノ家が本来管理しておくべきものだ。しかしなぜそれがベルリンにあるはずの墓とともに日本にあるのか。それを今から説明しよう」



 ナディアはコップに入った水をこくこく飲んで、



「まず凛、あなたはシュヴァルツ家の末裔よ」



 と。



「ほぇ?」



 凛はポカンとして頭上に疑問符を浮かべる。



「どういう……こと、ですか? シュヴァルツさんって神社の地下のお墓の……」


「そのままの意味だ。凛、お前はシュヴァルツブルク家の正統な血を引く末裔なのだ」


「言っているのことがよくわかりません」


「わからなくてもいい。だが聞いて欲しい。かい摘んで、順を追って説明する。これは370年前に私の先祖のエレナ・イェルヴォリーノが書き記した日記の内容だ。

 17世紀のヨーロッパは小氷期、ペストの流行、30年戦争、宗教対立の激化からの宗教改革、神聖ローマ帝国の実質的滅亡と波乱であった。ヨーロッパ全体として貧困化が進んでいたのは言うまでもない。

 凛の先祖にあたるシュヴァルツブルク=ルードシュタット家は当時のドイツ――プロイセンの侯爵家で生粋の魔術師家系だった。そしてシュヴァルツブルク=ルードシュタット侯爵の一人娘であるリンカには不思議な力があった。第七感――チャネリングとも呼ばれる高次の霊的存在や神、宇宙人など交信する能力だ。

 リンカは天の声に導かれ私の先祖のエレナとともにとある魔術を完成させた。それこそが大時計とロザリオによるシュヴァルツの大魔術だ。

 リンカはヴェネツィアの仮面舞踏会に参加しそれを披露した。リンカはみんなから尊敬される最高位の魔術師――星級ステラの魔術師になるはずだった。しかし現実はそうではなかった。

 リンカは黒の魔女と周りから恐れられ学校ではいじめを受け、館は焼き討ちにあい魔女裁判の対象になって家は衰退していった。

 その後1658年6月21日金曜日、シュヴァルツの大魔法をめぐってヨーロッパ全体で戦争が勃発した。シュヴァルツの大魔法があまりにも強力すぎたからだ。そして1659年3月4日火曜日、12歳のリンカはリンネという娘を残して殺された。

 そこでエレナは戦争の原因はシュヴァルツの大魔術なのだからそれを封印すれば戦争が終結するのではないかと考えついた。

 エレナは私の師匠であるクレモンの先祖のカシミアという魔術師とともにシュヴァルツのロザリオをリンカの棺桶に入れて埋葬しそして墓自体に特定の魔力でしか干渉できない結界を張った。

 源粒子が生産される魔力源という場所は知っているだろう? 魔力源同士は地殻内を魔力脈を介して繋がっていて、ベルリンの魔力源に関してはハブ空港のように世界各地の魔力源と繋がっている。そしてここ東京――当時の江戸にも活性魔力源が存在していた。

 魔力脈上にある二物体を入れ替える置換魔法というものがある。エレナとカシミアは置換魔法を利用してリンカの墓を江戸に送った。鎖国を行う島国はロザリオの隠し場所には最適だからな。

 これで終わらないのがエレナとカシミア。世界の魔力の約半分を生産するベルリンの魔力源を7つの虹色の魔力石オリハルコンで封印した。これにより再び7つの魔力石を使用してベルリンの魔力源を復活させない限り結界への干渉条件である特定の魔力は魔力濃度が半分以下になったのだから何をしようと発生しなくなるわけだ。

 この一連のことからロザリオは完全封印されそして1660年1月5日に戦争は終結した」



 To be continued!⇒

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