第10話 凛とジョーカー 君たちは天使ですか?
◾隆臣
俺の自宅はオンボロ賃貸アパートで窓からは隣家の外壁しか見えない。
それとは対照的に俺の職場である三鷹家は港区の高層マンションの最上階でそこから臨める夜景はまさに宝石箱だ。
そんな三鷹家の主は凛のお父さんの和也さん。しかし研究多忙で上野の研究施設に寝泊まりすることが多く、自宅まで帰れるは週に1、2回程度だった。
凛のお母さんである
だかは三鷹家は和也さんと凛とジョーカーの3人家族だ。
さて、そもそも俺と凛がどのようにして出会ったのかを説明しておこう。
1ヶ月ほど前のことだ。
俺は学園高等部への入学に備えて横浜から上京してきた。
うちは富豪ではないので学費がバカ高い魔術学園に通うにあたって俺はアルバイトをすることにした。
横浜から通えないわけではないが、母さんは一人暮らし――いや俺とエースの二人暮しを強制してきた。母さんはエースが嫌いだったからな。まあ色々あったってわけよ。
そんなある日、いつものように三鷹家にデリバリーピザを届けていたとき、和也さんに「そのアルバイトを辞めてうちでお手伝いとしてはたらかないか? 給料は今君が貰っている3倍……いや、5倍は出そう」という内容の提案をされた。
いわゆる家政婦ならぬ家政夫として、掃除、炊事、洗濯をこなし幼い娘の凛とジョーカーの世話をするというものだった。
家事全般は苦手じゃなかったし、小さい子どもは好きなので俺は快諾した。
最初の頃、凛は本ばかり読んでいたしジョーカーもゲームばかりしていて、あまり懐かれなかった。だがガイストであるエースに会わせたところ2人は少し心を開いてくれた。
さらには偶然同じ学園だったこともあって、今では一緒に登下校したりもするようにもなった。
ずっと気になっていたので、俺は凛に「何読んでるの?」と聞いて表紙を見せられたが、びっくり仰天。
そこには『ローレンツ力と相対性理論の矛盾性――魔法学の解釈と物理世界への介入』という文字が並べられていたのだ。
最初は目を疑っていた俺だが、三鷹家の書斎を見てなるほどと確信した。
凛は3年前――すなわち初等部1年生の頃から物理学や魔法学に興味を持ち、魔法マテリアルの研究者である和也さんの影響もあり独学で勉強を始めたらしい。
今では大学以上のレベルの内容まで余裕で理解できるんだとか。
ガチの天才で新聞やニュースで「天才少女現る」なんかの見出しで報道されていたこともあったらしい。
その吸収力の速さから海外の有名大学――具体的にはイギリスの超名門オックスフォード大学や大英魔法学校、現代魔導魔術の体系化に成功した17世紀の魔術師エレナ・イェルヴォリーノの名を取って設立されたイタリアの名門ローマ=イェルヴォリーノ魔術大学などからも留学のオファーが来たりしているそうだ。
そんな天才少女だが普段は年齢相応の子どもで、論文だけでなく児童向けの小説や伝記、少女漫画なんかも読んだりする。基本的な思考回路はちょっとおませな女児なのだ。
ジョーカーはよくゲームをする。ネットゲームやソーシャルゲームなど幅広いジャンルをたしなんでいる。
いや、たしなむという表現は正しくない。ジョーカーはFPSゲームに関してはプロチームから勧誘されるくらい上手いからな。YouTubeにキル集を乗っけたら10万再生くらいされたらしい。
本人曰く「わたしの生きていた時代にはこんな素晴らしいものはなかったと思うから」と。
ガイストは死んだ者の霊魂が宿主の体内由来の魔力粒子に憑依することで半霊体半実体を得た存在である。大抵の場合は生前の記憶を継承しているが、ジョーカーの場合は部分的に記憶が喪失しているらしい。
嫌な記憶は脳内から消去されるというが、生前に悲惨なことがあったのかもしれない。
入学してしばらく経つとネクラな俺にも数人の友達ができ始めた。その頃には俺はもはや仕事という感覚ではなかった。日常になっていた。
朝起きて三鷹家に訪れ、エースと朝食作り凛とジョーカーを起こす。一緒に朝食を取って一緒に登校する。
夕方は俺とエースでご飯を作って夜にみんなで食べる。
凛とジョーカーがお風呂から上がってしばらくしてから俺とエースは田町の自宅に帰る。
それが俺の日常だ。
そんな平和な生活がしばらく続いていたわけだが、今俺の目の前にいるハイスペック生徒会長のせいでそれはあっさり敗れ去った。
「ふーん、マンションにしては中はけっこう広いんだな」
「麦茶でいいか?」
「ミルクティーで」
「お前なあ」
「アールグレイで頼む」
「ハートはジュースがいい! 何ある?」
「てめーら、自分のしたことと立場がわかってないのか?」
俺ははぁとため息をついて呆れ顔で尚子とハートに言った。
まあハートはお茶目でかわいいから許すが、尚子お前はダメだ。絶対にだ!
「パインジュースといちごミルクがあるよ」
凛は冷蔵庫を開け、普通の友達と接するようにハートに返した。
「いちごミルク飲みたーい! そこでつっ立ってるお兄さん! ぼさっとしてないで早くおねがーい!」
「早くしてくれ。喉が乾いた。ロイヤルミルクティープリーズ!」
「ふざけるな。お前らなんて自分の唾でも飲んでろ!」
するとエースが俺たちの間に入って、
「みんな落ち着いて! くだらないことでみっともないよ!」
と、喝を入れてくれる。なんてできた子なんだうちのエースは……。と、ちょっと親目線になってしまった俺。
「しょうがない。エースに免じて今回だけは許してやろう」
「それはこっちのセリフだ」
尚子と俺はそれぞれ睨み合ってから顔を逸らした。
「エースもいちごミルクだろ? みんなの分のコップといちごミルクを持って来てくれ」
「うん、わかった」
俺の言葉に首肯してエースは食器棚からコップを、冷蔵庫からいちごミルクのパックを取り出し、テーブルに持ってきてくれた。エースが持ちきれない分のコップは凛とジョーカーが運んでくれている。
本当にいい子だな、この子たちは。頭をなでなでしたい。
To be continued!⇒
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