眠りの妃 -嘆きの大地賛歌-
リマリア
序節 -沈黙の大地-
西暦2037年4月5日 復活祭の夜
イングランド 南東部ケント州 ダンジネス国立自然保護区の一画にて
大地から見上げる夜空には星々が煌めき、広大な空のキャンバスを彩る星は手を伸ばせば掴めそうな程の眩さを放っている。
ダンジネスロードから少し離れた荒野の中に立つ少女は、煌めく星々をその腕で抱こうとするように両の手を伸ばした。
届くはずの無いその手を、ゆっくりと。
少女は憂いのある小声で呟く。
「この大地の嘆きは…きっと、人々の耳には届かない。私のこの腕が、星たちに届かないように。…遠く、遠く。果てしなく、遠い。」
この日は珍しく快晴となったが、太陽が沈んだ今の時間になれば外気温も5度しかなく、まだ上着が手放せない肌寒さだ。そんな中にあって、両手をそっと下ろした少女は寒さに震えるわけでもなくじっとその場に立ち尽くした。
彼女の淡いプラチナゴールドの長い髪は、空から降り注ぐ僅かな星明りを反射して美しいエメラルド色に変化する。
虚ろではあるが、慈悲と慈愛に満ちたジェイドグリーンの瞳は、その目に映す景色全てを包み込むような優しさが湛えられている。
少女の周囲一面に広がる巨大な荒野。自然的な何もかもが失われたといって過言ではない。
遠くに目を向ければ原子力発電所から電気を送る為の送電塔の先が赤く光る様子が見えるが、人為的に作られた巨大な鉄の塔は荒れ果てた地の風景と相まって寒々しさと冷たさを感じさせるだけだ。
この地に “何かある” とすればもうひとつ。反対に目を向けると荒野の中にあって、不自然なほど豊かな自然が実る土地を堅牢なフェンスが囲んだ区画が見える。
「あぁ…もう、二度と春を迎えることの出来ない、可哀そうな大地。偽りの、“緑の神”…」
小声で囁く少女は地面に向けて下ろした両手を胸に引き寄せぎゅっと握り俯く。
ここには響く音が無い。ここには芽吹く命の音が無い。
おそらくはイースターで賑わっているであろう街の様子とは対照的な静けさの中、少女は顔を上げて再び夜空を見上げた。
音もなく空から降る無限の星の光。静まり返った大地。
その静寂はまるで、 “世界そのもの” が沈黙してしまったかのようであった。
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