悪役令嬢は燃え尽き症候群

新藤広釈

第1話 炎の卒業式


 学園が燃えていた。

 暗闇の中、ニニヨ国の兵が学生たちを次々と切り殺していく。すでに護衛兵にメイドは切り殺され、地面に倒れていた。


 熱風は赤いドレスと、長い髪を揺らめかしていた。

 エレステレカは炎を背に、抜き身の剣を突き付ける。

「もう、王子なんてどうでもいい」

 そして、ゆっくりと彼女へと向かっていった。

「父も母も、家も派閥も関係ない。帝国もニニヨも知った事じゃない!」

 剣を持ち上げ、ためらいもなく振り下ろした!


「貴様さえ殺す事が出来ればそれでいい!!」


 小さな少女は、剣を抜き受け止める。

 短い髪、ふくよかな胸、男装をした彼女は荒々しく振り回される剣を受け流した。

「エレステレカ様! ボクはもうあなたから逃げない!」


 何が逃げないだ!

 お前はいつも私の前に立ちはだかった!

 すべてを、ありとあらゆるすべてを奪っていった!

 それにもかかわらず、まるで自分は被害者ですというような顔!

 許さない、ありとあらゆるすべてが許せない!!


「リリアァァ!!」

 最初からこうすればよかった!

 エレステレカはドレスを揺らめかせながら、何度も何度も剣を振り下ろした。

 何も考えず、勢いだけの剣。

 リリアもあまりの思い切りの良さに反撃ができない。

「お前を殺してやるっ! 殺すっ! 苦しみもがきながけ! 無様に死ね!」


 エレステレカは狂ったように剣を振り下ろし続けた!

「うおおおおおおおおおお!!!!」

 しかし、リリアもまた負けていなかった。

 激しい剣撃を小さな体で受け止め続け、遂にエレステレカは体勢を崩す。


「エレステレカさまぁあああああああ!!!!」

「死ねっ! しねぇええええええええええええ!!!」

 ふらつきながらも剣を突き出すエレステレカの胸に、閃光が走った。

 エレステレカの胸から、血が吹きあがる。


「・・・エレステレカ様、治療を受けてください」

「フン、またいい子ちゃんぶって。私はあなたの、そういうところが、本当に嫌い」

 誰もがその美しさを讃えていた白い肌が醜く切り裂かれていた。

 驚くほど血が出ているが、彼女の見立てではどうやらまだ死なないらしい。


「いい子ちゃんは人殺しもできないようね」

「エレステレカ様! 治療を受けてください!」

 胸を押さえ、ふらつきながら燃える校舎へ後退っていく。

 リリアは近づこうとするが、熱風に押し返されてしまう。


「誇りなさい、リリア」

 悪鬼のような表情を浮かべていたエレステレカは、まるで付き物が落ちたかのように穏やかだった。

「このエレステレカを完膚なきまでに叩き潰したのよ、胸を張り、淑女として生きるのよ」

 熱風が肌を焼く。

 息をすることすら難しい。

 切り裂かれた痛みすら生ぬるい。


「地獄から、見ているわよ」


 燃える校舎に、身を投げた。

 身を焼かれながら、精一杯高笑いをした。

 それがせめてもの、プライドだった。


 ああ、熱い!

 苦しい!

 焼ける! 私の体が焼ける!!

 息ができない! 喉が焼ける!


「っああああああ!!!」

 ベッドから飛び起きた。

 エレステレカは混乱し自分の顔や喉、腕に触れる。

 全身から滝のような汗を流しながら周囲を見渡しす。


「私の、部屋?」


 そこは、暗闇に包まれた自室だった。

 ベッドの手触り、暗い曇りの日の夜、見飽きた天蓋。

 間違いなく、学園寮にある自室のベッドだ。

「なに、どういうことなの」

 混乱しながらベッドから降り、そして体中に触れた。

 焼けていない。

 それどころか、胸にも傷が残っていない。

「どういうこと? 魔法? どういうことなの」

 意味が分からず部屋を出ようとすると、扉が開いた。

 侍女のベラリナが燭台を持って顔を出す。


「どうなさいました、お嬢様」

 ったく、夜中に騒いでんじゃねぇよ。だけどツラ見せなかったらうっせーからしょうがねぇ、顔見せてやんだぞ、というような雰囲気だ。


「ベラリナ、どういうことなの、どうして、私は死んでいないの?」

「あーはいはい、寝ぼけてるんですね」

 そう言ってベラリナはエレステレカを無理やりベッドに押し倒した。とても主人に向かってやる行為じゃない。

「明日から学園ですから、緊張しているんですね」

 学園?

「学園って、聖ヴァレリア学園のこと?」

「はい、そうですよ。ふぁ、明日も早いんですから寝てください」


 ベッドの中で、見慣れた天蓋を眺めながら合点がいった。

「地獄に落ちる前に見る夢、のようなものかしら」

 闇に震えながらも、あっさりと意識を失った。

 激情の中で剣を振るい、切られ、焼け死んだ後だ。意識を失うように眠りにつくことができた。

 そして・・・


「あれぇ?」

 朝が来てしまったことを、エレステレカは混乱するのだった。


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