第20話 雨降って地固まる

ある意味では望まなかった―――とはしたものの、ある意味では望んでいた―――


そして今、総参謀の悪辣あくらつなまでの才が開放される……


「なら公主さん、あんたに一つ聞きたい事がある。」

「―――なによ……」

「『線状降水帯』―――って、起こせます?」

「あんた―――私をバカにしてるの?」

「“オレ”の質問にだけ答えて下さい。 『出来る』のか、『出来ない』のか……」

「―――『出来る』わよ……」

「じゃ、早速起こしてください。」

「ちょっと待ちなさいよ!こちらの対策はしているワケ?」

「いいえ? ま、そうしたもんを起こせるご本人サマがいらっしゃられるんだ、味方こちらに関しちゃ心配いらんでしょう?」

「でも……こうした『水』に関わる出来事を起こしてしまったら、私がいるって事が……」


すると総参謀が急にニヤつき始める。 そう、もうすでに総参謀の頭脳の内あたまのなかでは、侵略軍の崩壊への演算が為されているのです。


それに、『線状降水帯』―――水の権能を行使できる者が行使する、特定の地帯・地域に雨雲の帯を発生させ、長期間に亘り停滞させる。 しかもその雨勢は強烈であり、時には地形を―――時には不動の大岩をも動かせてしまうモノとなる『災害』の一つ。

しかもその災害級の天候を操れる者が自軍にいたなら―――?

自軍の損害はないに等しい……けれども、竜吉公主の意見も正しかったのです。


これ程までの水の権限を操れる者は限られている―――しかも……


「ええ~~~知れ渡っているでしょうねえ?そりゃあもうニュクスからの漏洩リークのお蔭で。 ですが、こちらはを逆手に取ってやろう―――ってんです。 公主さんの権能を行使させてしまった事でヤッコさん達はこの事の対応で大わらわとなることでしょうよ。

―――で、そこへうちの『狂犬』をカチコミに当てよう……って寸法なんです。」


そう、これが……総参謀ベサリウスの悪辣あくらつなる策の概要―――

こちらの陣中見舞いに訪れたのが竜吉公主ただ一人だったなら、丁寧に『熨斗のし』をつけて返品―――とまでなっていたものを、“おまけ”としてついてきた“我が主マイ・マスター”を見て即座に思い立った……


        * * * * * * * * * *


そして策の進捗は進み、折からの大雨の対策に追われる中―――突如として落された『核弾頭』……


「おっしゃぁあ~! 責任者出て来いやあ!!」

  〖我が内に籠りし力よ、うねりとなりて殲滅せよ〗――〖ウィスパー・レイ・ストーム〗


そして有無を言わさずして詠唱され解き放たれた光のやじりは、そのことごとくを血の海へと沈めて逝きました。

それはまた、侵略軍の陣中にいた『野伏』『猟師』『僧兵』と言った連中にも否応なく降り注がれる事となり……


その結果として―――


「あっさり……終わっちゃったわねえ―――」

「ま、結果オーライって事で。」


こちら方面に於いての戦線での敵陣営壊滅―――

後世に於いては、この方面での戦闘で活躍した一人のエルフの射手の事を『千殺アラフミャンガ』として、敵・味方共に大いに畏れられたそうです。


         * * * * * * * * * *


その―――後のことで……


「―――そこ、隣り空いている?」

「(げ)まあ―――空いてますが。」


戦後のねぎらいをするささやかな祝いの一席で、自分の隣りの席を所望した人物がいました。

しかしその人物の姿を見た時、彼はまた何の難癖か―――嫌味を突き付けられるものかと思っていた……のに?


「今日の処はお疲れ様―――」

「ああそりゃどうも。 それよりいいんですかい?何もこんな悪党とつるまなくても……」

「そりゃ私も、あんたみたいなのを相手したくはなかったわよ。 けどね、ウリエルやシェラが『今回の一番の功労者を一人呑みさせるんじゃないよ』って、うるさくって……」



『一人呑み』―――って……そいつはこの“オレ”が望んだ事なんですがねぇ。



実際彼は『一人寂しく』ではなく、次の策を練る為一人で考えを巡らせたかっただけ―――なのでしたが、なんとも『気が利いている』と言っていいのか、それとも『気が利きすぎて逆に』と言っていいのか……胸中は複雑なようではありましたが―――


これを機会に一つ聞いておきたい……知っておきたかったことを―――


「一つ……聞いてよろしいですか。」

「なあに―――?」

「“オレ”がまだ駆け出しだった頃、援助してくれたの……あんたでしょ。」


を口にした途端、隣りの席にいた手が“はた”と止まる―――

もうそれ以上の答えは要りませんでした。


要りませんでした―――が……


「ええ……そうよ―――私のこの目に狂いはなかった。 その事は、この私が身をもって証明してみせた事だし……ね。」


やはりそう言う事だった―――あの時、虜囚となったこの女性の前に立った時、差し向けられる事と成った愛憎を含んだ眼差しの正体こそが、これだったのだ。

そして、だからこそ―――それまでの吹き溜まりを、この機会にとばかりに押し当てられてくる。


自分は、とんでもない人に目を着けられた―――とする反面…


「だからね、あんたはもうちょっと私に感謝…………って、ちょっとお?!なにをやって…………」

「ああ、すいません―――ちょいとここんところ頭働かせすぎてたもんで……

それに……眠れて………なかっ―――……」(すゃぁ~z)


自分がちょっとした文句を言っていたにも拘らず、身体を崩し自分の太腿に『膝枕』を求めてきた―――そんな、安心しきったかのように眠りこける者に……



今日の処は本当にお疲れ様―――これは、私からのほんのお礼よ……



ほろ酔いで紅く染まり、熱を帯びたその頬に、一滴の涼水が降りかかる……

それがなんであるかは、余人のご想像にお任せいただくとして、一部としては関係性が良好のモノに変わった―――と思われたのですが。


         * * * * * * * * * *


「一応、私が来たからにはこちら方面の予算計上は切り詰めさせてもらうからね。」

「はあ?何言ってんですか、そう言う訳にゃいかんでしょう!?最低限の物資の確保と陣地の構築は―――」

「それが余計だと言うのよ。 第一こちら方面のラプラス共は、シェラザードの活躍により徹底的に潰された、どう早く見積もってもここ数カ月で同等の軍勢を整えるのは無理だわ。」

「あんたねえ~~そう言ったのは所詮『お役所仕事』ってヤツで、現場の事を知らないお偉いさんの言葉なんですよ!」

「はあ?言ってくれるじゃないの―――この私が現場を知らないお偉いさん~?

まあ……違っちゃいないけど―――今はこうして現場に立ってる!そうした現場を見たお偉いさんの意見もちゃんと聞きなさいよっ!!」

「(チ……)ったく―――これだから……あんたら2人も見てないで、この分からず屋に言ってやってくださいよ。」


「う~ん?今のは私達に言ったのか?いや、しかし―――だなあ……」(ニヤニヤ)

「仲睦まじい2人を引き裂くだなんて―――私にゃそんな酷い事できませんがな~」(ニヨニヨ)


俗に言う『喧嘩をするほど仲睦まじい』と言うのは、そうした事を述べていた当人同士もよく理解していた事でした。

何かにつけ、同じ異性を奪い合う上で激しくぶつかり合った事のある個性と個性―――けれどその事により、互いの事が判り始めた。 だからこそ、この2人も『実はそうではないのか』と思っていた処に、内政代理担当者ササラから下りた命に、ならばせめてこの2人のあいだを取り持ってやろうとしていた事だったのです。





つづく



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