戦闘訓練所

アキちゃんズ!

第一戦目   堕天使 VS 騎士

 お互いが姿を現したとき、その差に驚かずにいられないだろう。

 一人は剣を携えた騎士だ。白銀のその鎧や体に刻み書かれている国旗を見るにかなりの地位、実力のある者だと窺える。剣を抜き、その輝きを手に相手に構える。正面に、正直に、正しいソレはその者の今までの人生を現しているかのようだ。しかし――。


「まさか、こんなところでお会いするなんて思いもしなかったですよ。天使……それも堕天使と」


 騎士が相手――堕天使に声をかけた。そのかけられた声に瞳を開いて、どこまでも引き込まれるような瞳で騎士を堂々と見、返答する。


「騎士ダリウスか。悪魔、龍をも超える力。だが、人間を超える正義感故、孤高となり、虐げられている」


 瞳を開いたその姿はまさしく堕天使であった。漆黒の羽を背に八枚生やし、二枚の純白の羽が存在此処に在りとその後ろに生えている。頭髪も二枚の羽同様に白かった。

 しかし、身にまとっている色は漆黒の色で、瞳の黒は威圧感や畏怖感さえも思わせた。

 その瞳に抗うように騎士は言葉を紡ぐ。


「存じてくださって嬉しいですよ。欲を言えばこのような場ではなく、そして堕天使などではなく、天使であれば尚、よかったのですが」

「貴様も知っているだろう。堕天使を堕ちた地から天空へと戻させる方法を。天使に認知されたいのであれば、堕天使を許容しないのであれば力で示せ」

「――では」


 決闘の承諾を得て、騎士は瞬く間に至近距離まで接近し、構えていた剣で堕天使を斬る。残るものは騎士と亡き体と土埃だけ、そんな早業であり、必殺の一撃であった。

 ただそれは、相手が想像の及ぶ人間であればだ。


「騎士ダリウスとて所詮この程度か」


 土埃が床に落ち、視界が機能すると事実を嫌でも理解してしまう。

 堕天使はその場から一歩も動かずに健在していた。しかし、騎士ダリウスはその必殺の一撃を外したどころか逆に一撃をもらってしまう。鎧を破き、その右腕からは赤い血液が流れ出てきている。

 奥歯を噛んでその痛みを無理に抑え、堕天使に向き大振りの一撃を与える。一振のそれは確実に堕天使を真っ二つにせしめる、そんな力と太刀筋のある一振だった。だが堕天使はその一撃を宙に、即座に金に輝く剣が生成され、そのまま宙に堕天使の力で浮かせて応じる。右腕をダリウスに伸ばし、その先にある剣で一撃を食い止める。

 一撃を止められたと判断すると即座にその一撃を捨てる。力では堕天使には勝てない、人間の力では勝てないなら数での勝負を、それがダリウスの作戦だ。

 懐に入っての一撃、止められる。

 後ろに回り込んでの一撃、止められる。

 飛び上がっての全力の一撃、止められる。

 どれだけ速さだけを求めた一撃も、力を込めた一撃も、堕天使の前では無意味だと言わんばかりに、全ての攻撃は生成された剣によって受け止められる。

 状況が変わらないことを案じたダリウスは、一度距離を取るとまた堕天使が語る。


「貴様も混りて薄いとはいえ、天使の血がその身に流れているのに、天使になることを捨てなぜそうも人間で在り続けるのだ?」

「対等な存在で、守りたいからだ……!」

「実際にその考えで守れた人間が一体どれだけ存在する? 人間で在ったがため、守れなかった命がどれだけある?」


 ダリウスはこの質問に答えることは出来ない。答えてしまったら、人間であることを間違いだと、堕天使の考えが正しいと認めてしまうからだ。

 天使になると生物の価値を見る目がなくなる。使命を全うするだけの生物になってしまう。それが力の代償であり、ダリウスが嫌ったことだ。

 必要ならば無関係の人間を殺す天使となった父の様にはなりたくない。だが、必要ならば人間を守るそんな天使の力には憧れた。それがダリウスの記憶の根幹であり、抱えている矛盾でもあった。


「では逆に、天使たちは何人の人を殺してきたか知っているか!?」

「俺が天使だった五年前までは報告だと1756人だ。その中で無関係の者は62人だ。まさか、天使は無関係の人間をも殺す残虐な種族だとでも思っていたのか? それだったら浅はかとしか言うことがない」

「黙れッ!」


 ダリウスが堕天使に最初の一撃をも上回る、強撃を振る。

 その強撃に堕天使といえど怯んでしまう。先程の生成された剣と堕天使の力だといえど、力押しこそはされてないが、同じ、均衡を保っているように窺える。


「じゃあなんで村は、ラガスの村民は皆殺しにされたんだ!」


 続けての一撃、先と同じような戦法ではあるが明らかに力が違う。一撃を防がれてもそのまま次へとすぐに移行するが、その威力は増してゆく。

 どこにそんな力が隠されていたのか。それは堕天使にもダリウス本人にもわからない。だが、このままでは不味いと悟ることだけはできた。

 不本意ではなかったが、ダリウスの力が想定を超えていた。だから堕天使は自分が用いる攻撃のを増やす。

 背に在るこの羽はただの飾りではない。一つ一つ生きて、考えているように動く。本体である肉体が、脳が危険だと判断し、命令組織である脳が羽を動かすことに許可をする。


「く、マズイ!」


 動いた羽からは十色の光がダリウス目掛けて放たれている。その光線をなんとか躱すがそこに剣が振られる。躱したが僅かに頬の川を取る。ダリウスの右頬からは血が垂れて右頬から首までゆっくりと赤く染めあげていた。

 至近距離であの光線を避けながら堕天使を対処するのは不可能。今は攻撃の手を休めてでもあの光線を知ることが先決。

 堕天使の剣を両足で踏み、そのまま剣から垂直に飛んで堕天使から距離を取る。

 その後ろを十枚の羽根は止めることは知らないとばかりに、また光を放ってダリウスを狙う。今度は一つ一つタイミングをズラす、一撃では鎮めなくても数で落とす作戦。ダリウスが取っていた作戦だ。

 赤、青、茶、緑、紫、黄、白、黒、輝、暗の色が堕天使の羽根から発していた。

 火、水、土、風、毒、雷、灰、腐、光、闇の力だ。

 どれも当たれば致命傷まではいかなくとも重傷だ。枷となって永遠に足を引っ張るだろう。

 だからダリウスは躱す、弾く、受け流す。距離は十メートルもあろう。だが狙いは正確で、その属性を帯びた光線は止まらない。埒が明かなくても今は当たらないことが全て、仕方ないのだ。


「ラガス村の村民か。世界の理を追求し、神の逆鱗に触れたから消えた村だ。人が踏み入ってはならない領域、そこに土足で上がり込み、大声で集まるよう呼び掛けられると逆鱗にも触れよう」

「だからって人を殺めていい理由にはならないだろ!」

「追求で、人間のバランスが崩れていい理由があるか? あの村は人間だけで人間を

 超越しようとした。だから糾弾されたのだ」

「神だろうが天使だろうが口があるじゃないか!」

「注意喚起して止まるものではないだろう」

「やってもないことを推測だけで語るなッ!」


 ダリウスは躱すのを止めると、堕天使に剣を向け叫ぶ。それは人間とは思えない、咆哮だった。

 するとダリウスの背後から、同じ、透けているが二枚の羽根が生える。その羽は純白であり、まるで堕天使の持つ二枚の羽のようだった。その羽は光を放ち堕天使の光線に対応する。

 相殺された光線は爆発を起こして消える。

 数だけで見るとダリウスが不利だが、足りない部分は躱すことなく全て弾く。


「天使に成る前の半端な状態で同じか。天使ではなく大天使の才能がある」

「――――」

「無意識での動きか。既に天使と言っても指し違いはない。ならば貴様は俺の敵だ」


 堕天使は天に手を掲げる。

 すると天に魔法陣が敷かれ、そこから無数の光線が降り注ぐ。それは狙いこそ正確ではないが、威力は羽と違いない。一撃でも貰えばそのまま二撃、三撃と喰らい沈むだろう。

 この光線の魔法こそが十枚の羽の力の本領なのだ。

 ――天使は魔法が使えない。

 魔法なんて魔の力が交わっていて天使には使えない。その常識を明らかに覆している。それはダリウスとて同じで、もうこの戦いは常識で収まる範疇にはないことを示していた。

 ダリウスは大天使になろうとしていて、まだ半端者であるから故の羽の魔法。

 堕天使は堕ちる時に魔を吸収して手に入れた、その存在が故の羽の魔法。


「それでも、この量をも捌くとはな。大天使の成る前の半端でこれか。堕天使の力を実験していたが、そうもいらんらしい」


 視線の先にいるダリウス……全ての光線を弾き近づいてきているのを見る。光線に対応できるようになりつつあるから、天空からの攻撃をさせないために近づく。

 堕天使は攻撃の手を止め、目を見開き叫んだ。


「目を覚ませ、ダリウスッ!!」

「ゔっ……!」


 ダリウスが頭を押さえる。透明の純白の羽は消えていた。

 頭がガンガンと痛みを告げている。体の節々も痛むし、最初に受けた右腕に力が入らない。体の中からは火傷するぐらいの熱さが込み上げてくる。


「ダリウス、今ここで決断しろ。天使となるか、それとも今ここで消えるかを」


 飛んでいた意識、その間に何が行われていたのかを記憶を辿る……いや、頭を掻きながら思い出すそれは掴み取ろうとする様だ。そして思い出される。天使に成りかけていた力、記憶、感覚。

 力に関しては憧れていたそのものよりもより強く、無意識、無自覚の上で行なっていたことは想像よりも酷くおぞましいものだった。


「……天使にはなりたくない。でも、負けて消えると守れない」


 どっちもダメだ。先までは天使の力があったからこその善戦。今の力じゃ、騎士ダリウスのままでは勝てない。

 わかっている。わかっているけど、どちらの結果も嫌わざるを得ないのだ。

 堕天使は今だけは動かずに待っている。だからか、ダリウスは嫌な二択の妥協点を探し続けるのだ。

 〜だから仕方ない。〜には〜だから仕方ない。と、何度も何度も妥協点を、理由を探し続ける。それは他人が関係しているのか、それとも自分自身が、そんなものはどうだっていい。後々の自分に、あの時決断した理由を納得させやすくするためだからだ。


「天使と成り神に従う事を嫌い、判断能力の欠けているあいつが何故、大天使の才能、資格を持っているのだ」


 堕天使も一人考えている。それはダリウスが考えていることとは程遠い、神が選ぶ理由などからくる思索だ。

 天使と成りて、才を見て神が決断するのではなく、初めから神が才を見出しているのか。それとも――。

 堕天使は思索する。

 それは天使と成る前の、人間であった十数年の中で身についた個性である。天使に成る事となった理由もここにある。

 疑問を得て、通りを考えて結論まで至る。そこに理不尽があるならばそれを正す。それこそが全てであり天使と成った理由でもある。天使と成り、無意識になってもこの思索だけは止まなかった。

 そして天使として神に仕える事数百年。

 理由は殆どの事にある。だが、稀に無差別に殺害する神に疑問を持ち、そもそも神の裁量によって決められてきた今までに不信感を覚えた。

 だがその考えはすぐに神に見つかり浄化されるだろう。ならばと直ぐに魔の居所に駆けつけて、魔を取り入れた、これが堕天使と成った理由である。

 そうすれば神の権限からは外れる。神の監視からも外れる。


「決断の時だ。潔く決めろ」

「…………う、だ」

「どちらの在り方だ?」

「……両方、違うと、言った。無意識の天使などにならない。俺は人々を守れる、意識のある天使になる!」

「では証明してみせろ! こい! ダリウス!」


 堕天使の叫びと同時に光線がまた放たれる。

 意識していなかったあの時、あの感覚を思い出せ! 天使だった感覚、記憶全部出せ! でも決して飲まれるな!!

 光線を寸前の所で躱し躱し躱す。回避が不可能と悟れば自慢の剣で弾く。それでも当たってしまう場合は――。


「俺の天使の羽よ! 動いてくれ!」


 背からもう一度大きい純白が二枚生え、ダリウスに従わんと同じ属性の光線で迎撃する。

 その羽は美しいなんて言葉で収まる綺麗さではなかった。神を見たら恐らくこのような感覚に陥るだろう。この言葉にしようがない、ただ美しいとだけしか掲揚できないこの感覚に。

 その羽から放たれる光線は堕天使の光線の威力と同等では済まない。そのまま貫通し、堕天使の羽目掛けて飛んで行く。


「くっ……」


 幾つかの光線は途中で撃ち落とされるが、二、三と黒き羽に当たる。

 それに堕天使は苦しそうな声を出し、羽が消えてゆく。黒き羽が今一枚、二枚と。

 光線だけに気を取られてはいけない。ダリウスが目の前にまで迫っている。宙に剣を生成してダリウスを両断せんと振る。しかし、その一撃は防がれ、逆に弾かれる。

 そのままダリウスの一撃が――。


「うおぉぉぉ!!」


 右に生えている漆黒の羽が完全に断ち切られる。

 そのままの流れで左の羽を切らんと大振りの一撃を。

 堕天使とてその一撃が見えないわけではない。あの剣で防ごうとなんとか構えるが、ダリウスの剣が触れると粉砕されて辺りに眩い光が散る。

 そうか。あの剣は魔力の塊。八枚の羽からの魔力供給が無くなって魔素が薄れたか。

 あぁ、またあの虚無のような天使になるのだろうか。今度は思索すらさせてもらえないだろう。これで、終わりだ。

 左の四枚の漆黒も今、断ち切られた。

 堕天使は膝を付き、ダリウスを見上げる。

 天使に戻る前に、敗者としてその顔を拝んでやろう……。

 堕天使が漆黒の羽を失い、天使に戻りかけているその最後の時、ダリウスがどんな表情でいたのかは見えなかった。だが一つ、聞こえてきたのだ。




「目を覚ませ! 元堕天使ッ!!」

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