第8話 ハルからの手紙

尚へ

元気にしていますか?

私は、こちらに戻ってから

何もない日々を過ごしています

君と出会った夏の事を今も思い出して

君が教えてくれた漫画を読んだり

音楽を聞いたりしています

君からの告白は

本当に嬉しくて

君のような素敵な人ともっと早く出会いたかったと

私の過去を後悔していました

私が、私の事を話す勇気がなくて

最後に君を傷つけてしまったようで後悔していました

勝手ではありますが

この手紙で君に告白させてください

君の隣の家は、私の母方の祖父母の家です

実家は県外だし

父方の祖母と同居のため

母方の祖父母とは疎遠で

私がお世話になったのは

生まれた時以来で

久しぶりな事でした

私は現在

高校3年生で受験を控えています

私は一人っ子で

親から大きく期待されていて

両親から言われた通りに育ってきました

私立の小中一貫校へ通い

高校へも親の望む進学校に入りました

学業が疎かにならないように

親の望む文科系の部活に入りました

高校一年の秋ごろ

美術部の顧問である先生に恋をしました

はじめて人を好きになった私は

舞い上がってしまい

まわりが見えなくなってしまいました

まわりが心配するほど先生の事が好きになりました

その思いが伝わり

先生も私の気持ちを受け入れてくれて

でも、そんな事をまわりは許してくれませんでした

私は駆け落ちをするつもりで

先生の家に行きました

そしたら先生には家庭がありました

綺麗な奥さんと可愛い子供を目の当たりにして、私は何も言わず帰りました

後日、先生を泣きながら責めました

先生は、面倒そうな顔で

”本気だなんて言った覚えはない

お前がせまってきたんだろ!!”

と強く罵る様に言われました

それから

先生とは、個人的に会うことが無くなり

学校でも

あからさまに避けられるようになって

私は美術部をやめました

それから翌月

私に異変がありました

強い眩暈と吐き気

初恋の衝撃的な失恋でのストレスか?

とも思いましたが

少し休んでも治らないので病院へ行きました

妊娠していました

病院で見せてもらった画面には

黒い点があるだけで

それが”赤ちゃんだよ”と言われなければ分からないくらいのものでした

私は先生の子供を妊娠していました

未成年だと言う事と婚姻関係を持つ方がいないと言う事で

付き添っていた両親、祖母に知らされました

父は激高し、母は泣いていました

祖母は軽蔑し

汚いものを見るような目で私を見ていました

私は毎日泣いていて

でもお腹の中で子供は育って行って

判断を迫られました

結局、両親が弁護士をたてて

先生とその家族と話し合い

堕胎する代わりに

慰謝料を先生が支払うという事になりました

で、小さな街で

噂になることを嫌がった両親は

母方の祖父母に私を預け

その街の病院で

私は堕胎手術をする事にしました

尚と出会ったのは

その頃だったんです

手術は、祖父母の家に行って四日目の午前中でした

翌日の午後には祖父母の家に帰りました

お腹の子に特別な感情を抱けなかった未熟な私ですが

やはり、小さな命を育ててあげられなかったという罪は大きく

失ってから悔やんだって戻りはしないのに

喪失感で

勝手なことに一日中、泣いていました

夜になって君が窓に居ることに気が付いて

私はすがるような気持ちで

急いで窓を開けました

目の前には、純粋に真っ当に今を生きている君がいました

君の話す日常や何気ない表情

優しい話し方に私は癒されました

その時、私は気が付いてしまいました

はじめてあった日

祖父母の家に行った日

それまで

自分はこの世で一番の不幸人だと悲観し

ずっと笑っていなかった私は

窓の向こうに立っているアイスクリームを口元につけた君に笑った

あの時から私は

あつかましいことに君の純粋な笑顔に魅かれていたんです

だけど、私のような女には

君の存在は穢れがなく美しすぎる

だから、君からの”好き”は

嬉しかったけど

受け入れることは許されなかったんです

これが

君に言った断りの真実です

ちゃんと話していたら

君にそんな思いをさせることも無かっただろうに

自分を守りたくて話せませんでした

私を軽蔑してください

そして、私のようなくだらない女を

少しでも気に留めてくれたこと

優しくしてくれたこと、忘れてください

ありがとう

さようなら

尚の幸せを、願います               

                            ハル

                                                           




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