異世界茶道部〜世界樹のお茶でレベル9999になったので、全力でスローライフに活かします〜
八茶橋らっく
第1話 異世界へ
「楽君、残念ながら君の人生は終了しました。君のいた茶庵にトラックが突っ込み、即死です」
「は、はぁ……」
何のこっちゃと思いつつ、目の前にいる甚兵衛(着物似の服)を纏った、年若い女性を見つめてみる。
俺の名前は
そして俺はついさっきまで、学校にあった茶道部の部室……もとい茶庵で部活前の準備を進めていたのだ。
顧問の先生や後輩や先輩が来る前に、茶碗や茶筅などの茶道具を棚から出したり、抹茶を漉したり。
しかしいつの間にかこの真っ白な空間が現れ、目の前にこの女性が現れていたのだ。
「……というかここ、どこでしょうか?」
「さっきも言った通り、君は死んでしまいました。なので、ここは死後の世界です、そして自己紹介が遅れましたが、私は日本担当の神の一柱です」
つまりこの方は女神さま、ということになるんだろうか。
それに
……同時に、何となく記憶が蘇ってきた。
確かにここに来る前、壁を突き破っていきなり部屋に大型トラックが現れた……気がする。
あんなものにぶち当たって生きていられる人間など、どこにもいないだろう。
となれば、俺は本当に死んでしまっていて、ここは死後の世界で間違いないのか。
「それで女神さま、俺はこの後どうなるんでしょうか?」
天国か地獄か、どちらへ向かうのか言い渡されるのか。
地獄は嫌だなと思っていると、女神さまは言った。
「あなたには、私が日本の他に受け持っているもう一つの世界に転生してもらおうかと思うのです。比較的おだやかな世界なので、のんびり過ごせると」
「……転生、ですか?」
思わず聞き返したが、転生とはきっとアレだ。
ライトノベルや漫画、アニメでよくあるアレ。
「はい、転生です。……正確には、あなたは赤子からやり直すわけではないので転移と言えるでしょうか」
転生でも転移でも、言い方はさておき。
いきなり死んでしまったので、もう一度生き返って人生をやり直せるのは嬉しい申し出だった。
魂の本能的な部分とでも言えばいいのか、どんな世界であれまだ生きていたいと、まだまだ自分の可能性を生きて試したいと感じていた。
「しかし女神さま、どうしてそこまでよくしてくれるんですか……?」
問いかけると、女神さまはくすりと微笑んだ。
「ええと……実は私、神となる前はあなたのご先祖さまに丁寧に使っていただいた、
そう言われて、なるほど、と俺は納得した。
茶杓とは、抹茶を点てる時に茶碗の中でシャカシャカとやる、竹製の小さな箒のようなものだ。
そして茶杓は使い終わると、お寺で供養する習わしがある。
加えて日本には「付喪神」という物にも神さまが宿る考え方も存在するので、茶筅に神さまが宿っていてもおかしくはないだろう。
「そうですか……となれば、ご先祖さまに感謝しないといけませんね」
「ええ。あなたも茶道具は丁寧に使っていたようですし、私も見ていて悪くない気分でしたから。……それにあなたは日本で、ずいぶんと苦労していたようですから。それでずっと、見守っていたのもあります」
「あ、あはは……」
苦笑して誤魔化したが、苦労していなかったと言えば嘘になる。
小学生の頃に両親は事故死、しかも両親とも若くして駆け落ちしたらしく、親戚とは絶縁状態で頼りようもない。
それでも真っ当な学校に進みたかったので、バイトで生活費を稼ぎつつ勉強も頑張り……我ながら灰色の青春だったが、死んだ今なら、短くても一生懸命頑張った人生だったと振り返ることができた。
それから女神さまが手を水平に振ると、俺の真下に不思議な文様が浮かび上がった。
「そろそろお別れの時間です。転生先の世界の情報などは、後で自由に確認できるようにしておきます。それに……そうですね」
女神さまはこちらに寄ってきて、ふと綺麗な顔を近づけ、それから……。
「……ちゅっ」
「えっ……はっ!?」
一瞬の出来事だったが、顔が赤くなってきた。
「これはサービスです。あなたにふさわしい力を授けましたから、使い方は向こうで分かるはずです。それでは、よいセカンドライフを!」
女神さまは手を振って、笑顔で俺を送り出してくれた。
次の瞬間、足元の文様が輝き出し、視界が真っ白になった。
……目を開けると、俺は爽やかな風の吹く森の中にいた。
それだけなら、今までの女神さまとのやりとりは単なる夢かと思えたのだが……。
「……兎に角が生えてるし……」
俗に言う魔物ってやつだろうか。
明らかに異世界である。
「しっかし、ここからどうすべきか……」
俺はしがない学生であり、サバイバルの経験なんてない。
こんな森の中に放り出されても、困ってしまう。
最悪、あの角兎を捕まえて「貴重なタンパク源です」とか某動画のように言い張るしかないのか……と思ったその時。
「……アルミラージって言うのか、あの兎?」
視界に映った兎の横に、日本語で説明文が現れた。
『アルミラージ、別名一角兎。
滅多に人里近くには現れない、珍しい魔物。
角は万能薬として重宝され、肉も美味』
肉も美味って、やっぱり貴重なタンパク源じゃないか。
しかしあんな可愛い兎を捕まえて捌くのも、良心が痛むような……。
「……まあ、食料事情も考えるべきだけど、その前に拠点は必要だよなぁ」
地べたに寝転んで眠れば、虫や蛇、それに大型の獣の餌食になってしまう可能性がある。
魔物が存在する世界なら、何に襲われてもおかしくない。
それに冷え込んで風邪を引けば、こんな森の奥ではロクな治療も受けられないだろう。
「ひとまずこの辺りを散策してみるか。拠点にできそうな洞窟とかあったら嬉しいし、泉とかあったら水にも困らないし……えっ」
辺りの様子を窺うように首を回すと、自分の後ろに建物があることに気が付いた。
そしてそれは、学校の部室として使っていた茶庵であるとも分かった。
「いやいや、そんな馬鹿な……」
幻覚かと思いつつ、中に入って散策してみる。
……畳の匂いに、古びて少し軋む床、何より使い慣れた茶道具の感触。
間違いない、俺は元いた茶庵ごと転移してしまったのだ。
「もしかして、女神さまが気を利かせて……?」
そう呟くと、再び正面にゲームの説明欄のようなものが現れた。
『これは、あなたの世界にあった茶庵を複製したものです。自由に使い、良き異世界生活を』
「女神さま……ありがとうございます」
思わず、そう言って両手を合わせてしまった。
それから茶庵の中にある、水場……というか台所へ行ってみる。
ここは俺を含めた茶道部員や顧問の先生から茶庵と呼ばれていたが、実際に中身は近代化されて台所なども付いている。
当然水道も引かれており、さてどうなるかと蛇口を捻ってみる。
「……よし! 水は出る!」
掬って飲んでみると、腐敗臭もなく、ほのかに塩素の匂いがする。
ちゃんと消毒された水で間違いない、ひとまず飲み水には困らなくて一安心。
「次に冷蔵庫も……よし、動いているな」
粉の抹茶などを保存していた冷蔵庫も問題なし。
電力とかって魔物のいるファンタジー世界でどうなっているのか、とも思ったが……。
『そこは女神パワーで解決です』
「やりますねぇ……」
再び現れた説明欄に、思わずそう言ってしまった。
女神パワーは万能って、はっきりわかんだね。
そのまま冷蔵庫を漁ると、茶菓子の類もいくらか残っていた。
ひとまず当面の飢えは、最悪の場合お菓子でごまかせると。
「……で、これからの方針は……」
腕を組み、唸ってみる。
とりあえずは周辺の散策に出て、食べられそうなものがないか探してみよう。
食料に限りがあるなら、最悪、あのアルミラージって魔物も捕まえなくては。
しかし……何はともあれ。
「ひとまず、お茶でも飲んで落ち着くかぁ」
電気式の茶釜でお湯を沸かし、抹茶を点てて飲んでみる。
異世界でも抹茶はうまいなぁとか思っていたら、いつの間にか貴重な茶菓子も結構食べてしまった……。
猛省。
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