ケージの中で生活するなら芸を覚えよう!

ちびまるフォイ

異星人との異文化交流会

「こ、ここは……」


周りは鉄格子に囲まれていた。

まるで自分がハムスターのケージの中にいるようだ。


「wkorehgjeijfushfuguahubn?」


「ひ、ひぃ!!」


声に反応して顔を上げるとケージの向こう側では異星人が浮いていた。

異星人には体がなく、何本もの触手がうねうね動いている。


触手の中央には目が5つほどあり、自分をじっと見ている。


「私をどうするつもり……? これから改造でもさせられるの……?」


昔見たSF映画でUFOに捕まった人間が人体改造されるのを思い出す。

囚われているこのケージから自分も同じ状況なのだろう。


けれど異星人は何もせずに、ケージからは見えないどこかへ去ってしまった。



ケージでの生活が始まって1日が経過した。


どうやら異星人は自分をペットとして扱っていることに気づいた。


いつも同じ時間に手の混んだ食事が与えられる。

飲み物にも困らないし、トイレだってすぐに片付けてくれる。


たまにケージのドアを開けて、外に出してもらえると

触手でまとめられた上にちょこんと乗せて頭をなでられる。


(逃げるならこのタイミングしかない)


覚悟を決めると、頭に乗っていた触手を掴んで地面に向かってジャンプした。

ターザンのように触手はしなり、着地の衝撃をやわらげてくれた。


「やった!! 逃げられる!!」


地面を全速力で走った。

目の前には異星人の部屋のドアが見える。


あそこから外に出られる!!



「きゃっ!?」



ぐん、と体がくの字に曲がり空中に引っ張り上げられた。

異星人の触手が自分の腹にまきついている。


「riejgirhguhdauahuhbifjawa」


異星人の5つの目はどれも悲しそうにしていた。

その目に思い切りつばをはきかける。


「何が目的なのよ!! 太らせて食べるつもり!?

 こんな場所で生きていくくらいなら死んだほうがマシよ!!」


触手はそっとケージへと動いて、ふたたび檻の中に戻された。

それからしばらくはケージの外に出る機会はなくなった。



囚われたままの生活から数週間が経過した。


最初に比べてケージの中にはさまざまな娯楽品が増えていた。


運動したくなったとき用のルームランナー。

暇つぶしができるようにと人間の漫画や雑誌。

洋服だって好きなだけクローゼットに並んでいる。


「なんか、普通に暮らしていたときよりも快適ね……」


一度の脱出でひと悶着はあったが、飼い主との関係は良好に戻っている。

ほしいものはスケッチブックに書くことで飼い主へねだることもできる。


「こういう形のバッグがほしい!」


「koko」


「あ、用意してくれるのね! やったぁ!」


私が喜ぶと飼い主も目を細めて嬉しそうにしてくれる。


最初はその目を怖いと思っていたが、触手は感情に合わせて動くし目から感情も読み取れる。

今では異星人のしゃべる言葉もなんとなく理解でき始めていた。


「はぁ……もう快適……ここから動きたくない」


用意されたフルーツの盛り合わせをかじりながら、適温で整えられたケージで、食っちゃ寝の生活を続ける。

こんな生活ができるのは石油王くらいしかできないと思っていた。


もはや飼い主への敵対感情はなく、むしろこれだけ尽くしてくれる飼い主に恩返ししたい気持ちでいっぱいだった。


「うーーん。なにか飼い主を喜ばせる方法はないかしら」


私が生活しているだけでも飼い主は嬉しそうに見てくれているが、

もっと喜ばせる方法はないものかと考えた。


飼い主がケージの外の部屋にきたとき、さっそく実践してみた。


「ラ~ラララ~♪ ラララ~~ラ~♪」


私が歌ったことに飼い主は驚いたのか触手をピコピコと動かしている。


「wgurhguhguaunvf!?」


「喜んでくれたかな。ペットが芸を覚えると嬉しいよね?」


「huzheuhgurvf! rghrghuehfuavc!」


異星人は他の異星人を呼んだ。

声音に驚きと喜びを感じたので、きっとこの芸を見せたいのだろう。


ひとまわり大きい異星人の親らしきものが部屋に入ってくると、

私はのどの調子を整えてふたたび歌った。


「ラ~ラララ~♪ ラララ~~ラ~♪」


「bgmisfi!!gjiaiwajfe!!」

「digjrigjiav!?」

「lvpkfogjw!」


異星人たちはとても喜んでくれた。

それを見た私も嬉しくなり、ケージ生活で満たされていなかった貢献欲求が満たされたのを感じた。


種族はちがえと同じく感情のある生物というのは同じなんだ。

そう思うと、もっとお互いに歩み寄りたいと思った。


「本、あなた達の本がほしいわ!」


ある日スケッチブックに異星人の言語がわかる本をねだった。

異星人は人間サイズに細かくした本をケージにいれてくれた。


最初はなに書いているのかわからなかったが、

どうせ時間は大量にあるのでずっと見続けているとなんとなくわかってきた。


「こうかな? oabm…oabm」


「vcaeifru!! rguhwfuhauda!!」


「あってるの? やったぁ!」


私が異星人語を覚え始めたことに飼い主は非常に喜んでくれた。

人ではないけれど他人が喜んでくれるのは本当に嬉しい。

ますます言語を学ぶ意欲があふれてきた。


それからしばらくすると学習の成果もあり、異星人語が理解できた。


『おはよう、ぴーちゃん。お腹へってない?』


「ううん、今はもう大丈夫」


『大丈夫そうだね、よかった』


異星人語は人間の声帯用には作られていないので、

私が異星人語を話すことはできなかったが何を言っているかは理解できた。


それでも人間の声帯で発話できる部分はできるだけ異星人語でしゃべると、

飼い主である異星人親子は言葉を覚えるたびに驚いてくれた。


ある日の深夜。


ケージの外にあるドアの向こうからなにか声が聞こえた。

なにか言い争っているようだったが、内容までは聞き取れなかった。


「……なんだろう。まあいいか。明日はもっといろんな言葉を覚えて喜ばせてみよう……」


そのまま眠りについた。

朝起きると異星人の姿はなく、食事だけはすでに差し出されていた。


「あれ? いつもならおはようの挨拶にくるのに……」


よくみるとケージの入り口がわずかに開いたままになっている。

食事を差し入れるときに鍵を閉め忘れたのだろうか。


近くに異星人の気配もない。


「今なら脱出できる……」


最近では考えもしなかった脱走のチャンスが今訪れていた。

じきに異星人は戻ってくるだろう。

今後、こんなチャンスが訪れるかもわからない。


「でも……やっぱりできない……!」


もし私が脱走したら飼い主たちはどう思うだろうか。

きっとひどく悲しんでしまうだろう。

お互いにできあがった信頼関係を壊してしまう。


それに脱走した先に何が待っているのか。

このケージの向こう側では今よりも辛く苦しい日々になるだけじゃないか。


「やめよう。私はここでの暮らしが合っている。

 飼い主を喜ばせられるここの生活が幸せだもん」


私は飼い主が帰ってきたらたくさん喜んでもらおうと言語を学んだ。

異星人一家が帰ってくると、私は準備していた最高の芸を披露した。


「awavda~♪ ajrgijbvcica~~♪」


人間の歌詞を異星人語にアレンジした歌を聞かせた。

私が得た学びの集大成に異星人はおおいに驚いていた。


飼い主のこども異星人は目から涙を流していた。

触手を伸ばしてケージから私の体をすくい上げた。


「涙を流すほど喜んでくれたのね! 嬉しい!」


飼い主は触手でそっと撫でながら答えた。


『ごめんね……ごめんね……。

 パパが人間は賢くて危険な生物だって……。

 これ以上言葉を覚えたら、いつか驚異になるって……ごめんね』


「え……?」


異星人の部屋に、親の異星人が他の異星人を連れて入ってきた。


『人間は繁殖力が高く、それに知恵もつきやすい危険な生き物だ。

 さっきの歌を聞いただろう。こんな短期間であそこまで成長するなんて危険だ!』


『お客さん、安心してください。うちに任せればきっちり殺処分しておきますよ』


飼い主の異星人は必死に抵抗していたが、あえなく私の体は殺処分業者の触手につかまった。

飼い主はボロボロと泣きながら最後に言った。



『どうして……なんでケージを開けておいたのに、逃げてくれなかったの……?』

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